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先住民族

ラングの「未開人」論(4)

 当時のイギリスと未開人の芸術の表現方法の類似点を強調している個所に注目したいと思います。人骨の調査をする形質人類学の専門家がヨーロッパと未開人の違いを強調することによって、ヨーロッパ人の優位性を浮かび上がらせることを目的としていたのに対し、ラングは類似性に着目することによって、アーリア人優位の時代に異を唱えたと読めるからです。

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ラングの「未開人」論(3)

The Magazine of Art (1882)掲載の「未開人の芸術I—装飾美術」の続き。マオリの文様と他地域との比較、「スワスティカ」(かぎ十字、ドイツ語ではハーケンクロイツ)についての考察などから、ラングの白人優位主義への批判が読み取れます。アイヌの人骨(遺骨)についての記述は、北大人骨事件として日本人にも身近な問題です。

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ラングの「未開人」論(2)

植民地・帝国主義時代のイギリス。美術に関心のある中流階級の読者に向かって、ラングが「未開人の芸術I—装飾芸術」(1882)の中で議論を展開します。「最下等の人種」と当時みなされていたオーストラリアのアボリジニの芸術を、これほど丁寧に詳細に観察し、材料のせいで直線形の模様が多いのだと、自分の子ども時代や彼の故郷のスコットランドと比較しながら分析するラングの眼差しに心を打たれます。

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ラングの「未開人」論(1)

彼の一貫性の表れだという視点から、ラングの未開人論を辿ってみたいと思います。「未開人」と訳した語は”savage“で、「野蛮人」という意味もあります。日本語の「未開人」は今では差別用語とされていますが、19世紀の植民地時代には植民地の先住民族をこの語で呼んでいました。

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