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忠臣蔵

サトウ、ミットフォードらの日本語力

 R.L.スティーヴンソンの忠臣蔵論(1883)で高く評価しているA.B.ミットフォードの『昔の日本の物語』(1871)は「四十七士」で始まっています。ミットフォードは泉岳寺を訪れた時に見せてもらった四十七士の遺品を書き写して英訳しています。訪日3年以内に日本語の文書を書き写し、英訳したというので、ミットフォードを含めた当時のイギリス公使館の通訳官や外交官の日本語学習とその日本語力について調べてみました。

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アンドリュー・ラングとアーネスト・サトウの出会い

 R.L.スティーヴンソンのコラム「挿絵の寄り道」が1883年刊のThe Magazine of Art(vol.6)に掲載されていますが、内容は忠臣蔵の紹介です。F.V.ディキンズ訳の『仮名手本忠臣蔵』(1880)と、斎藤脩一郎・グリー共訳「伊呂波文庫」抄訳『忠義の浪人』(1880)のフランス語訳を紹介し、A.B.ミットフォードの「四十七士」(1871)に言及しています。スティーヴンソンの記事が1883年に出版されていることが、ラングと日本との関連でとても興味深い出来事とつながっていることを発見しましたので、この出来事から紹介します。

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