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英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-4-11)

1937年12月22〜23日の『ニューヨーク・タイムズ』は日本で反戦・反ファシズムの運動をしていた著名人を含む多数の人々を「平和の妨害者」と呼んで逮捕したと、戦争推進の日本政府・日本軍の矛盾を皮肉る記事を掲載しています。

映画界に入った頃の斎藤雷太郎(1903-1997)、週刊新聞『土曜日』(1936-37)の発行人として反戦・反ファシズム運動に貢献。(写真提供:斎藤嘉夫)

『キネマ/新聞/カフェー――大部屋俳優 斎藤雷太郎と『土曜日』の時代』(中村勝著、井上史編、図書出版ヘウレーカ、2019年)。1936年に刊行され翌年の秋に弾圧によって休刊に追い込まれた『土曜日』という週刊新聞とその時代を、発行人である斎藤雷太郎への聞き書きによって描き出したノンフィクション。

『ニューヨーク・タイムズ』のパナイ号爆撃報道10日目:1937年12月22日続き(注1)

 日本の綿織工場を中国が破壊したことから、緊張感が高まり、ワシントンからの指示で合衆国領事館が300人のアメリカ人に避難するよう助言した。すでに多くのアメリカ人が町を出た。綿織工場は$87,000,000だと日本側が言った。

 全国一斉の手入れで労働組合の370人が逮捕されたという発表の後、日本無産党、日本労働組合全国評議会、全国農民組合が今日解散させられた。

 先週水曜日[12月15日]の手入れで逮捕された者の中に社会党国会議員[衆議院]で、日本労働組合全国評議会議長、日本無産党委員長の加藤勘十(1892-1978)がいる。彼は中国の前線への旅から戻ったばかりだった。そこでは日本軍部隊に党からの挨拶を伝えた。[原文注:加藤氏は1935年に合衆国を旅したが、入国許可を国務省から得るのに苦労した。この旅行中、日本の労働者のほとんどは日本の中国に対する政策に賛同していないと言った。去年2月の衆議院選挙では彼のグループは大幅な得票数を得た]。

 労働組合の今日の解散は内務省の発表によると、彼らは平和の妨害者という理由で解散命令が出されたという。国会議員の逮捕に加え、4人の元大学教員も逮捕された。元早稲田大学[講師]の猪俣津南雄(1889-1942)、荒畑寒村(1887-1981)、元東京大学[助教授]の大森義太郎[ローマ字ではGitaroとされていますが、正しくはYoshitaro: 1898-1940]、九州帝国大学教授の向坂逸郎(Itsuro Sakisaka: 1897-1985)、東京無産党の鈴木茂三郎(Mosaburo: 1893-1970)、著名な作家、中西伊之助(1887-1958)である。

 逮捕の後、警察は彼らの組織の本部を手入れし、多数の急進的文書、世界中の左派運動の進展に関する文書やニュースを没収した。これらのニュースは合衆国の共産党が日本に送ったものだと警察は宣言した。文書は4点の呼びかけをしていたと言われる。

  1. ファシズムと戦争に反対
  2. 世界的な社会民主主義運動への協力
  3. 個々の国の特有の状況に合わせた個別のキャンペーンに対する指示
  4. そのキャンペーンを培うために可能な限りいつでも法的方法を採用

 最後の点について、プロレタリア・グループは中国作戦で前線に召集された男たちに通常の労働賃金を与えよと要求していると警察が言った。「彼らの運動の主要点は共産主義に基づいた一般革命にもっていこうとする点だ。支那事変[1937年の盧溝橋事件から]勃発以降、彼らはあらゆる機会を捉えて、日本全国で反戦プロパガンダを繰り広げている」と声明は言っている。

訳者解説:「中国作戦で前線に召集された男たちに通常の労働賃金を与えよ」という要求に関して調べてみました。日中戦争に召集された兵士の1942年当時の不満の筆頭が「兵隊はわずか十円程度の給料なのに、将校は少尉でも百三十円ももらっている。兵隊の戦時手当を引き上げてほしい」((注2), p.192)という要求でした。比較として、1932(昭和7)年時点で、専門高卒初任給が30円、大卒初任給が50円((注3), p.237)、1934年当時の若い男性の事務職月収が40円〜60円((注3), p.143)とされています。

『ニューヨーク・タイムズ』のパナイ号爆撃報道11日目:1937年12月23日(注4)

 最近の手入れで370人の扇動容疑で逮捕された中に知られる限り女性が2人いた。合衆国で広く知られている石本静枝男爵夫人[後の加藤シヅエ:1897-2001]と、作家の平林たい子(1905-1972)だ。男爵夫人は女性貴族の学校[女子学習院中等科]卒業で、日本女性百科事典の監修者である。

 多くの日本人は、この逮捕の発表は日本の緊張した国際関係から国民の注意をそらすためだと信じている。普通はこのような運動は何ヶ月も秘密にされると言われている。

訳者解説:12月22日に報道された12月15日の全国一斉の手入れで370人が逮捕された事件は第一次人民戦線事件として知られていますが、「反戦・反ファシズム」を訴えて逮捕される事件は11月から始まっていたそうです。共産主義者ではない文化人で「反戦・反ファシズム」と「理性の擁護」をモットーに合法的な文化雑誌『世界文化』を出していた同人たちが特高による治安維持法の拡大解釈で1937年11月8日から逮捕され始めました。論文「反ファシズムの烽火—『世界文化』と『土曜日』—」(2019)は、76年後の安倍政権による特定秘密保護法と関連づけて、安倍政権下の私たちには1937年の事件を「『歴史』として眺める余裕はなくなりつつある」((注5), p.198)と述べています。

「平和・反戦」が危険視された/る1930年年代の日本と安倍政権下の日本

 1937年のNYタイムズを読みながら、安倍政権下の今の日本と似ていると危機感を持ちましたが、この感覚が多くの人に共有されていることを知りました。上記の論文で紹介された1936〜37年の『土曜日』という週刊新聞に関する本『キネマ/新聞/カフェー 大部屋俳優・斎藤雷太郎と『土曜日』の時代』(2019,(注6))の論評(『週刊金曜日』、2020/7/3、(注7))でも次のように書かれています。「1925年の治安維持法の施行から38年の国家総動員法の施行に至るまでの期間は、特定秘密保護法、安全保障関連法、「共謀罪」法などが矢継ぎ早に成立した今の時代と重なります」((注7), p.27)。

 この本で、和田洋一同志社大学名誉教授の1920〜30年代の日本についての回想が紹介されています((注7), p.171)。

昭和四年(一九二九)の秋ですが、「平和」という言葉をもう人まえで言えなくなったことにふと気がつきました。満州事変がはじまったころ、昭和六年(一九三一)にはもう「戦争反対」など、危なっかしくてとても口に出せない空気になっていました。昭和八年(一九三三)になると<この年、京大滝川事件>思想の自由や学問の自由をさけんだだけで、「危険思想だ」「アカだ」とみなされ、留置場にほうりこまれそうになってしまっていました。空気というのはまことに恐ろしいもので、沈黙が唯一の保身の術となりました。その次には、沈黙していてもいけない。「天皇陛下万歳!」をさけび、日の丸の旗をふって愛国の歌をうたわねばならないというふうに変わっていくのです・・・・・・。

 1936年に京都で発行された週刊新聞『土曜日』は、「敗戦後、研究者らから『日本における反ファシズム文化運動の記念碑的な出版物』」((注6), p.1)と高く評価されたそうです。発行人が小学校四年で中退した「大部屋俳優」の斎藤雷太郎(1903-1997)というのもユニークですし、喫茶店に置いてもらうことに販路を求めたのもユニークです。その結果、『土曜日』の発行日を目当てに喫茶店に来る学生たちも増えたそうです。そんな喫茶店の一つ、「仏蘭西風喫茶」フランソアの客層は「三高や京大、同志社の学生が中心」、「日曜日になると、十六師団(伏見区)の兵隊さんが五、六人、きまってやってきて『土曜日』を読んでいる。『まだ“土曜日”は出てないか』といってやってくるようになった」(p.188)という人気の理由が紹介されています(p.188)。

▽準戦時=増税の不平を云わせぬまじないのこと▽不可侵条約=チョイチョイ戦争をすること▽確かな筋=ファッショのこと▽陥落入城=陥落は大臣達が砲火を避けること、入城は市外にいること—など時勢を皮肉った「新編濫用語辞典」と題したコラムがあったり、あるいは「無理をするな」という見出しで—満州で防寒具をつけた、まだ改良されない兵隊さんは背が低いので、改良された馬に乗るのに骨が折れた—というような記事が出ている。

 そんな新聞を軍人が待ちこがれて休日に町に出て読んでいたというのである。

 また、別の席では、学生たちがクスクス笑って『土曜日』を読んでおり、いつ果てるともしれないディスカッションをしている別のグループもあった。

1937年の言論弾圧と安倍政権の言論弾圧

 こんな『土曜日』の発行人・斎藤雷太郎が1937年11月8日に特高に連行され、1938年春に執行猶予で釈放されました(pp. 18, 193)。『土曜日』弾圧の理由を警察に尋ねると、「一部ずつ見ておれば大したことないが、続けて見ていると、反社会性の精神が流れているのがはっきりする、それが読者に大きな影響を与えるので、問題になるのだとの答えだった」(p.191)そうです。1929年頃から「平和」という言葉が使えなくなったこと、1931年には「戦争反対」と言えなくなり、1933年には「思想・学問の自由」を主張すると検挙される時代と、安倍政権時代の現在を比較してみます。

 安倍政権時代の言論弾圧がはっきり表れているのが、「報道の自由度」ランキングです。安倍首相が頻繁に「悪夢のような民主党政権」(注8)と公言する民主党政権が発足した2009年9月から2012年11月までと、その前後の「報道の自由度」ランキングがいい指標になります。興味深いのは「報道の自由度ランキング」調査が開始された2002年からのランキングで、民主党政権前に最低だったのは、第一次安倍政権(2006年9月〜2007年8月)で51位、その後福田政権から徐々に改善し、民主党政権で急激にランキングが上がり、2009年17位、2010年11位、2011年22位、2012年は原発事故の影響か53位に急激に悪化し、次の安倍政権下では下降が加速し、2013年53位、2014年59位、2015年61位、2016年72位(注9)、2017年72位(G7最下位、(注10))、2018年2019年ともに67位(注11)、2020年66位(注12)となっています。

 国連が安倍政権による言論弾圧と萎縮/自粛する日本メディアに危機感を持ち、厳しい報道規制のトルコ・タジキスタン・日本に国連特別報告者デービッド・ケイ氏(カリフォルニア大学アーバイン校国際人権法教授)を2016年4月に派遣しました。その暫定報告書で、「日本では報道の独立性は重大な脅威に直面している」、政府による圧力が「メディアの自己検閲を生み出している」と断じて、安倍政権は「メディア規制から手を引くべき」と提言し、特定秘密保護法(2013/12強行採決、2014/12施行)に懸念を示しました。日本政府と放送法の担当である高市早苗総務大臣は国連特別報告者の公式訪問に難色を示し、日程引き延ばしを画策しました。ケイ氏は安倍政権の圧力でテレビを降板させられたニュースキャスターやコメンテーターについて言及し、NHKと安倍政権の関係から「放送局が独立性を欠いているように見える」と述べ、籾井勝人会長(当時)の発言(政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない)も報告書に記したそうです(注13)

 2020年のコロナウィルス禍に乗じて、安倍政権が数々の問題を起こしていますが、「報道の自由度ランキング」を発表している「国境なき記者団」は4月8日に、「新型コロナウィルス特措法」に基づく「緊急事態宣言」によってNHKが政府の指示を受けることは「編集権の独立性が侵害される」として、NHKを「指定公共機関」から外すよう勧告しました。その背景には厚労省のツイッターがコロナウィルスに関し不正確な情報を流したり、テレビ朝日の番組を攻撃したりしたことがあり、「公衆衛生上の危機に直面した時こそ、当局による対策や感染拡大の防止策に関する独立した情報が不可欠だ」と指摘しました(注14)

 その他の安倍政権による弾圧は憲法9条擁護の市民運動に向けられます。安倍政権に萎縮/忖度するのはメディアだけでなく、自治体や国会議事堂職員までが戦争反対/平和憲法擁護の市民を弾圧します。例えば、平和を国是とする憲法9条を考える/語る講演会に自治体が会場を貸さない、後援しない動きが激しくなり(2014年、(注15))、9条のTシャツを着て歩いているだけでテレビ・パーソナリティのピーター・バラカン氏が職務質問されたり、国会の傍聴に行った市民が9条のアクセサリーをつけていると国会議事堂に入るのを拒否されたりしています(注16)。こんな状況の中で、特定秘密保護法に反対して国会の外で抗議の声をあげる人々のデモを「テロ行為」と呼んだ当時の石破茂自民党幹事長(2013年11月29日の石破氏のブログ)と自民党本部も(注17)、反戦の声をあげた人々を一斉検挙した1937年の当局も同類です。直近の弾圧は安倍政権のコロナウィルス政策の批判を封じ込めることです。そのための予算24億円について、『ワシントン・ポスト』が批判しました(注18)

   [ + ]

1. The New York Times, December 22, 1937.
https://timesmachine.nytimes.com/timesmachine/1937/12/22/issue.html
2. 保阪正康『昭和陸軍の研究 上』朝日新聞出版、2018.
3. 加藤英俊他『追補 明治・大正・昭和世相史』社会思想社、1972.
4. The New York Times, December 23, 1937.
https://timesmachine.nytimes.com/timesmachine/1937/12/23/issue.html
5. 綿貫ゆり「反ファシズムの烽火–『世界文化』と『土曜日』」『人文公共学研究論集』第38号、2019年3月
https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/106001/WATANUKIYuri.pdf
6. 中村勝(著)、井上史(編)『土曜日』という週刊新聞に関する本『キネマ/新聞/カフェー 大部屋俳優・斎藤雷太郎と『土曜日』の時代』、ヘウレーカ、2019.
7. 井上史・永澄憲史対談「『土曜日』発行人・斎藤雷太郎の口伝を手がかりに“新たな戦前”の只中でも、できることはある」、『週刊金曜日』1287号、2020/7/3
8. 「安倍首相また『悪夢のような民主党政権』麻生派パーティで発言」『毎日新聞』2019年5月14日 https://mainichi.jp/senkyo/articles/20190514/k00/00m/010/255000c
9. 山光瑛美「世界ランク下がり続ける日本の『報道の自由』評価方法を知っていますか」BuzzFeed News, 2016年4月22日 https://www.buzzfeed.com/jp/eimiyamamitsu/houdou-no-jiyuu
10. 青田秀樹「報道の自由度ランク、日本は72位 G7最下位に」『朝日新聞DIGITAL』2017年4月26日 https://digital.asahi.com/articles/ASK4V5VV7K4VUHBI02S.html
11. 疋田多楊「『報道の自由度ランキング』日本の順位、前年と変わらず」『朝日新聞DIGITAL』2019 年4月18日 https://digital.asahi.com/articles/ASM4L26GMM4LUHBI00L.html
12. 疋田多楊「報道の自由度、日本66位『政権批判にSNSで攻撃』」『朝日新聞DIGITAL』2020年4月21日 https://digital.asahi.com/articles/ASN4P64NRN4PUHBI01W.html
13. 「ダメ出しされた安倍政権とメディアの自己規制」『週刊朝日』2016.5.12
https://dot.asahi.com/wa/2016051100103.html
14. 「政府指定機関からNHKの除外を〜国境なき記者団が勧告」OurPlanetTV, 04/08/2020
http://ourplanet-tv.org/?q=node/2492
15. 「憲法集会 市が後援断る 神戸や長野・千曲引き受けてきたのに 『安倍改憲』に呼応か 『尊重擁護義務を放棄』の声」『しんぶん赤旗』2014年3月7日 https://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2014-03-07/2014030715_01_1.html
*たどころあきひろ「神戸市が憲法集会の後援を拒否—非核神戸方式への影響懸念も」『週刊金曜日オンライン』2014年3月25日
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2014/03/25/神戸市が憲法集会の後援を拒否――非核神戸方式/
*「社説【自治体の護憲後援】過剰な自粛は筋違いだ」『沖縄タイムス』2014年5月6日
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/39435
*「集会の後援申請を自治体が不承認に 『政治的中立』をどう考えるべきか」THE PAGE, 2014/5/16 https://news.yahoo.co.jp/articles/8fa5d05467e21f5fb6e9fad568bf33a7cf58b6bb
16. 「9条のTシャツを着て街に出よう!!」『日刊ベリタ』2018年08月04日
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201808041400336
17. 五野井郁夫「自民・石破茂幹事長の『デモ』=『テロ』発言の危うさ—民主主義は国会の外にもある」『論座』2013年12月04日
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2013120300004.html
18. Simon Deyer “Japan sets aside $22 million to buff government’s global image amid pandemic struggles”, The Washington Post, April 15, 2020
https://www.washingtonpost.com/world/asia_pacific/japan-coronavirus-image-abe/2020/04/15/73bf1dee-7f00-11ea-84c2-0792d8591911_story.html