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英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-4-14-1)

戦争犯罪への対応の仕方がドイツと日本で大きく異なる例を見ます。

戦争犯罪への向かい方:ドイツと日本(1)ドイツ

 5年半前の記事ですが、「歴史に関していえば、ドイツは日本とは違う。確かに日本の戦争犯罪はホロコーストとはまったく別物だが、だからといってその凄惨さが劣るわけではないし、薄らぐものでもない」と始まる記事が、日本とドイツの戦争犯罪への向かい方の違いを指摘しているので紹介します。「ドイツには、過ちを懺悔した指導者がいた—反省の心がドイツ人のアイデンティティに」(注1)と題する記事です。

 2015年にこの記者リチャード・カッツがドイツ人から「戦後数十年間は、人々は思い出したくないと考えていた」が、態度の変化がブラント元首相(西独)によって強く推し進められたと聞いたという内容です。記事の一部を引用します。

ワルシャワのゲットーでナチに対し起きた蜂起の跡地を1970年にブラント氏(Willy Brandt: 1813-1992)が訪れ、ひざまずいて許しを請うたときだった。後に彼はこう書いている。「あの振る舞いはいったい何だったのかとよく聞かれる。最初からそうするつもりだったのか?いや、違う。ドイツが生み出した歴史的な地獄の縁に立ったとき、何百万人もの虐殺を犯した重責がのしかかってきたのだ。誰だって言葉を失った時にはそうする」。

 ブラント氏はドイツ人に誇りをもたらした。彼の心からの振る舞いには、世界中のユダヤ民族、また伝えられるところでは当時まだ共産主義だったポーランドの知識層の一部すら心を打たれた。

 それでも、直後の世論調査でこの行為を肯定したのは41%だけ、また、古い国境線を維持しなかったため、1972年に不信任決議にあい、「わずか2票の差で生き残った」そうですが、「1971年にノーベル平和賞を受賞、国内の社会福祉再建に」取り組み、「1972年末には、所属のドイツ社会民主党に地滑り的勝利をもたらした」とのことです。そして現在のメルケル首相(Angela Merkel: 1954-)も「過去の罪の否定は国に誇りをもたらしはしないと理解している」と述べて、次の文で締めくくられています。「仮にこのドイツ首相が岸信介氏のドイツ版ともいえるアルベルト・シュペーア氏の孫だったなら、こうした一連のことは想像もつかない」。

 安倍晋三首相の祖父「岸信介氏のドイツ版」とされるアルベルト・シュペーア(Albert Speer: 1905-1981)について、『エンサイクロペディア・ブリタニカ』(注2)は以下のように解説しているので抄訳します。

シュペーアは1927年に建築士の資格を取得した。1930年末にベルリンでヒトラーの演説を聞いて、1931年1月に熱狂的にナチ党に入党し、ヒトラーは彼の才能に感銘を受けて、首相になると、シュペーアを自分の専属建築家にした。1942年にシュペーアは兵器と軍需生産の大臣に任命され、大きな権限を与えられて、徴兵制と強制収容所から奴隷労働を得る制度を拡大した。1945-46年のニュルンベルク裁判でシュペーアはナチの犯罪に対する反省を表明したが、ユダヤ人絶滅計画の直接情報を得ていたことは否定した。戦争犯罪と人道に対する罪で20年の刑に服した。彼は死ぬまで、ナチの「最終的解決策」[ユダヤ人抹殺]を知らなかったと公には主張し続けたが、1971年に書かれた手紙で、ハインリヒ・ヒムラー(Heinrich Himmler: 1900-1945)がユダヤ人全員が殺されると発表した1943年の会議に自分も出席していたと認めた。この手紙は2007年に公開された。

 ナチス時代にはユダヤ人大量殺戮の前に20万人の障害者が精神科病院で殺されていたことが明らかになっています。精神科医による「安楽死」計画にヒトラーが賛同し、医師と看護師たちが20万人を殺害したという事実です(注3)

 これらを含めて、ドイツは現在に至るまで戦争犯罪者の裁判を続けています。当時17歳、現在93歳の強制収容所元看守に「5232件の収容者の殺害を幇助した」として執行猶予付きの禁錮2年が2020年に言い渡されました。被告は最終弁論で「裁判は過去に対処する機会を与えてくれた。証言や専門家の意見を聞いて初めて、残酷さと苦しみに気づけた」(注4)と述べたと報道されています。

メルケル首相が「過去の罪の否定は国に誇りをもたらしはしないと理解している」ように、ドイツ首脳たちが戦争の加害責任を認め、謝罪し続ける姿勢は変わりません。2020年1月にはドイツのシュタインマイヤー大統領(Frank-Walter Steinmeier: 1956-)がエルサレムのホロコースト記念館でスピーチをしました。その一部を引用します。

 殺人をした人たち、殺人を計画したり、それに協力したりした人たち、そして黙って規則に従った多くの人たち。彼らはドイツ人でした。600万人のユダヤ人の産業的大量殺人、人類史上最悪の犯罪、それは私の同国人たちの手によって行われたのでした。5千万人をはるかに超える人々の命を奪った恐ろしい戦争は、私の国から生まれたのです。
アウシュビッツの解放から75年後、私はみなさんの前にドイツの大統領として立っています。私は歴史的な罪の重荷を背負ってここに立っています。(中略)ホロコースト記念館の永遠の炎が消えることはありません。ドイツの責任が消滅することもありません。私たちは責任を果たしたいと思います。これにより、私たちを評価してください。(引用者強調)
私はあなたの前にたち、この和解の奇跡に感謝します。そして、私たちの記憶によって、私たちは悪から免れたと言えることを願っています。(中略)答えは一つだけです。二度と繰り返すな!(注5)

戦争犯罪への向かい方:ドイツと日本(2)日本

 2020年終戦の日の安倍首相の式辞では、歴史の教訓にも加害責任にも触れず、逆に再び戦争のできる国にするという決意表明と受け取れる「積極的平和主義」という言葉で、新型コロナウィルス蔓延の中、自民党が着々と進めている「敵地攻撃能力」を示唆しています(注6)

 第一次安倍政権前から第二次安倍政権の現在まで、日本の政治家の歴史改竄主義的言動の気になった点をまとめます。日本の侵略戦争も南京事件や慰安婦問題などもなかったと主張する人々は「歴史修正主義者」という従来の語より、「歴史改竄主義者」という語で呼ぶ方がふさわしいようです。

  • 1938年1月13日付朝日尾張版:「敵屍をご馳走に 南京のお正月」「南京城内外や揚子江付近は敵屍数万、一日で約五、六百の屍体の山が何ヶ所かある」。
  • 1938年1月20日付朝日千葉版:「南京城の北方で……(揚子江を)渡河中の敵を射撃し敵二百名以上を殺し、隊長から“お前は殊勲甲である”と賞められて面目をほどこした」。
  • *市民の間に噂として「ひそかに語り伝えられ」、「揚子江岸にて捕虜一万二千名に対し食糧を供給すること能はずして鏖殺(おうさつ)したる由」などを話したとして2人の民間人が陸軍刑法に違反したという理由で有罪になったとのことです(p.130)。
  • *1937年7月から2年間に軍人・軍属6452人の通信・言動・手記を憲兵がチェックしたデータによると、「皇軍将兵の略奪強姦良民虐殺」関係が418件、「死体散乱し惨状目を覆う」という内容が288件あったとのことです(pp.130-131)。

1 リチャード・カッツ「ドイツには、過ちを懺悔した指導者がいた—反省の心がドイツ人のアイデンティティに」『東洋経済ONLINE』2015/01/11 https://toyokeizai.net/articles/-/57305
2 ”Albert Speer”, Britannica Online Encyclopedia,
https://www.britannica.com/biography/Albert-Speer
3 「ドイツの精神科医と安楽死計画 第1回精神科医が関与した歴史的犯罪」ハートネット、NHK, 2018年02月05日
https://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/choryu/289748.html
*「ドイツの精神科医と安楽死計画 第2回ナチズムがめざした人種改良」ハートネット、NHK, 2018年02月07日
https://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/choryu/289879.html
*「ドイツの精神科医と安楽死計画 第3回歴史を直視し、個々の患者に向き合う」ハートネット、NHK, 2018年02月15日
https://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/choryu/290495.html
*「ドイツの精神科医と安楽死計画 第4回日本で開催された移動展覧会」ハートネット、NHK, 2018年02月23日
https://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/choryu/290894.html
*「ドイツの精神科医と安楽死計画 第5回岩井一正さんのインタビュー」ハートネット、NHK, 2018年02月27日
https://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/choryu/291052.html
*「障害者虐殺 ナチスによる『T4作戦』 現地取材の本が公表」『毎日新聞』2019年5月6日
https://mainichi.jp/articles/20190506/ddm/013/040/043000c
4 野島淳「当時17歳の元ナチスに有罪 組織の歯車、追う意味とは」『朝日新聞DIGITAL』2020年7月27日 https://digital.asahi.com/articles/ASN7W6FV1N7QUHBI02D.html
5 「『歴史的な罪の重荷を背負っている』独大統領の演説全文」『朝日DIGITAL』2020年1月25日 https://digital.asahi.com/articles/ASN1S7TC2N1SUHBI02P.html
6 菅原晋「首相式辞から『歴史』消える 今年も加害責任は言及せず」『朝日新聞DIGITAL』2020年8月15日 https://digital.asahi.com/articles/ASN8H6D7PN8HULFA00B.html
7 「うっかりでは済まされない 失言で失脚した閣僚」『毎日新聞』2019年4月23日
https://mainichi.jp/graphs/20190423/hpj/00m/010/002000g/1
8 「南京大虐殺発言 法相、撤回し陳謝 更迭必至の情勢 与党にも責任問う声」(1面)「永野法相の発言要旨」(2面)『朝日新聞』、1994(平成6)年5月7日
9 池田恵理子「安倍首相らによるメディアと教育への政治介入」『週刊金曜日』1291号、2020/8/7, p.43.
10 「国の名誉守りたい 稲田衆院議員『百人斬り裁判を本に』」『福井新聞』2007年05月17日(アーカイブ)
http://archive.is/TuJCP
11 泉宏「安倍首相は秘蔵っ子の稲田防衛相を斬れるか」『東洋経済ONLINE』2017/07/21
https://toyokeizai.net/articles/-/181510
12 河村たかし「いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問主意書」衆議院、平成十八年六月十三日 
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a164335.htm
13 内閣総理大臣 小泉純一郎「衆議院議員河村たかし君提出いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する」衆議院、平成十八年六月二十二日
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b164335.htm
14 辻元清美「安倍首相の『慰安婦』問題への認識に関する質問主意書」衆議院、平成十九年三月八日 http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a166110.htm
15 内閣総理大臣 安倍晋三「衆議院議員辻元清美君提出安倍首相の『慰安婦』問題への認識に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する」衆議院、平成十九年三月十六日
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b166110.htm
16 「『南京事件も虐殺もなかった』河村名古屋市長『現地で討論会』に意欲」JCASTニュース、2012年02月21日
https://www.j-cast.com/2012/02/21122931.html
17 石川陽一「『南京大虐殺』は不適切? 展示表記巡り 長崎原爆資料館で論争 見直しの可能性も」、共同通信、2020/3/19 https://news.yahoo.co.jp/articles/60644473771b64192b4badee9d201ca4cebba4b5
18 「石原知事定例記者会見 平成24(2012)年3月9日(金曜)」東京都
https://www.metro.tokyo.lg.jp/GOVERNOR/ARC/20121031/KAIKEN/TEXT/2012/120309.htm
19 仙石恭「慰安婦問題 安倍首相『狭義の強制性』否定 2次政権では一転、慎重姿勢」『毎日新聞』2015年12月28日 https://mainichi.jp/articles/20151228/ddm/007/010/067000c
20 森一女「『侵略の歴史と加害の展示撤去』の『ピースおおさか』のリニューアルオープンに抗議する!」アジア女性資料センター、2015-06-23
http://ajwrc.org/jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=932
21 辻元清美衆議院議員の以下の質問主意書の中での指摘。「『侵略の定義』など安倍首相の歴史認識に関する質問主意書」衆議院、平成二十五[2013]年五月十六日
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a183076.htm
22 :内閣総理大臣 安倍晋三「衆議院議員辻元清美君提出「『侵略の定義』など安倍首相の歴史認識に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する」衆議院、平成二十五年五月二十四日受領
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b183076.htm
23 三島憲一「麻生太郎氏が研究したい『手口』の中身」『論座』2013年08月10日
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2013080900006.html
24 「『地獄と恐怖を忘れたのか』海外の批判 麻生副総理“ナチスの手口に学べ”発言」『しんぶん赤旗』2013年8月2日
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-08-02/2013080203_01_1.html
25 Editorial Board “Mr. Abe’s Dangerous Revisionism”, The New York Times, March 2, 2014.
https://www.nytimes.com/2014/03/03/opinion/mr-abes-dangerous-revisionism.html
26 「首相『性奴隷は中傷』 日本軍『慰安婦』問題で重大発言」『しんぶん赤旗』2014年10月4日
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-10-04/2014100401_02_1.html
27 「声明 政府首脳と一部マスメディアによる日本軍『慰安婦』問題についての不当な見解を批判する」歴史学研究会委員会、2014年10月15日
http://rekiken.jp/appeals/appeal20141015.html
28 小山エミ「世界の日本研究者ら187名による『日本の歴史家を支持する声明』の背景と狙い」SYNODOS, 2015.05.09
http://synodos.jp/international/13990
29 「内閣総理大臣談話」首相官邸、平成27年8月14日
https://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/discource/20150814danwa.html
30 初鹿明博「教育勅語の根本理念に関する質問主意書」衆議院、平成二十九[2017]年三月二十一日提出 http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a193144.htm
31 内閣総理大臣 安倍晋三「衆議院議員初鹿明博君提出教育勅語の根本理念に関する質問に対する答弁書」衆議院、平成二十九年三月三十一日受領
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b193144.htm
32 宮崎岳志「アドルフ・ヒトラーの著作『我が闘争』の一部を、学校教育における教材として用いることが否定されるかどうかに関する質問主意書」、衆議院、平成二十九年四月六日提出
http://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a193207.htm
33 内閣総理大臣 安倍晋三「衆議院議員宮崎岳志君(民進)提出アドルフ・ヒトラーの著作『我が闘争』の一部を、学校教育における教材として用いることが否定されるかどうかに関する質問に対し、別紙答弁書を送付する」、衆議院、平成二十九年四月十四日受領
http://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b193207.htm
34 “Hitler’s Mein Kampf returns to Japanese schools as ‘teaching material’”, RT, 15, Apr. 2017
https://www.rt.com/news/384877-hitlers-mein-kampf-returns-to-japan-school/
35 小林正弥「『わが闘争』の教材使用を政府が容認した底意—『民族主義』『不適切』でも、『国家主義』や『反民主主義』は否定せず」『論座』2017年05月17日
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2017051600003.html
36 「麻生氏、ヒトラーによる虐殺『動機正しくてもだめ』」『日本経済新聞』2017/8/30
https://www.nikkei.com/article/DGXLZO20532030Z20C17A8PP8000/
37 「日本の閣僚、麻生太郎がヒトラーをほめて、彼の『動機は正しかった』と発言」(ガーディアン紙の記事の日本語訳)、「原子力発電、原爆の子」2017年8月30日
https://besobernow-yuima.blogspot.com/2017/08/blog-post_20.html
38 「令和元年度第1回 長崎原爆資料館運営審議会」長崎市、2020/3/17
https://www.city.nagasaki.lg.jp/syokai/760000/763000/p034329.html
39 朝日新聞「新聞と戦争」取材班『新聞と戦争』下、朝日新聞出版、2011.
40 「日本で75年目の『終戦の日』靖国神社に閣僚が4年ぶり参拝」BBC, 2020年8月15日
https://www.bbc.com/japanese/53788585
41 :渡辺丘「原爆投下の正当性、若い世代は 米学者が語る変化の兆し」『朝日新聞DIGITAL』2020年8月8日 
https://digital.asahi.com/articles/ASN880QHGN85UHBI00H.html
42 野村阿悠子、岡正勝「愛知の大村知事リコール、署名集め開始 高須院長や河村市長が参加」『毎日新聞』2020年8月25日
https://mainichi.jp/articles/20200825/k00/00m/040/161000c
43 吉井理記「愛知知事リコールは『愛国』か 民族派からも疑問の声 トリエンナーレ補助金」『毎日新聞』2020年8月23日
https://mainichi.jp/articles/20200822/k00/00m/040/209000c