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日露戦争

英米に伝えられた攘夷の日本(4-6)

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““Iraq war”

『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』掲載の日本に対する悪意に満ちた記事(4-5)がなぜ書かれたのかを探っていくと、イギリスがロシアに宣戦布告する1854年3月28日まで戦争回避を訴える首相が好戦的なメディアに負けた様子が見えてきます。

ロシアへの宣戦布告まで

 前節で紹介した「日本、そしてロシアの戦争」(1854年4月8日号)という記事の10日ほど前の3月28日にロシアに対する宣戦布告がイギリスの官報で公表されました[ref]”DECLARATION”, THE LONDON GAZETTE, MARCH 28, 1854.https://www.thegazette.co.uk/London/issue/21536/page/1008[/ref]。その2ヶ月前のイギリス議会では、当時の首相だったアバディーン伯爵が戦争を避ける演説をを行い、『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース付録』(1854年2月4日号 [ref]The Illustrated London News, vol.24, 1854, Jan.-June.https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=mdp.39015049891974[/ref])が記録しているので、抄訳します。この記事も段落が長いので、適宜段落を変えています。
「貴族院」でのアバディーン伯爵の発言 アバディーン伯爵が非常に強い調子で、それまで言ってきた戦争の恐ろしさと反戦の思いを述べた。最近の交渉で彼が「ロシアの道具と手段」になっていたというおぞましい非難に対して、ロシア政府に対応する上で自分ほど積極的な役割を果たした公人はいないと主張した。いかなる国とも戦争しない、特にロシアとは交戦しないと、今まで主張してきたことを繰り返した。我が国の国民は後で後悔するような戦争を軽率に性急にすることがしばしばあった(Hear, hear、そうだ)。いかなる状況下であろうとも、最初に可能な限りの手段を行使して止める努力せずに、戦争は決してしないというのが自分の義務であり、女王陛下の政府の義務だと考える。現在の場合のように、感情が自然で称賛すべき場合であってもだと彼は言った。現在の国民感情は、[ロシアの]侵略であり、不当だと見えることに対する憤慨だと認めなければならないが、それでも、慎重さと理性の範囲内でその感情に溺れることを抑えるのが政府の義務である。自己防衛のための戦争と理解されるのでなければ、いかなる戦争も正当化できないということは、道徳家の声明や教えだけでなく、すべての政治家の意見であり宣言だということを議会に気づいてほしいと言った。彼自身の戦争に対する意見は、戦争ほど恐ろしいものはないのに、それを正当だと考えることが人間性の完全な欠如と腐敗だという最大の証拠だと信じるものである。しかし、残念ながらそれが現実で、すべての惨事の中で戦争が最大級の惨事であり、あらゆる愚行と邪悪の中で戦争が一番の愚行と邪悪だということを全員が認めなければならない。(中略)
「貴族院」でのアバディーン伯爵の発言(続き) しかし、現在行われているトルコとロシアの戦争では我が国に危険はないかもしれないが、ヨーロッパで確立されてきた均衡関係を適切に維持するために、全体の安全保障に必要な様々な国の相対的地位と力を維持することを求める時には、ある意味では自衛としての武装と考えられるかもしれない状況が疑いなくあるかもしれないと認める用意はある。彼がロシアの野望の道具だったと非難されたことについて、オーストリアについても同じ非難が彼に向けられた。それは彼が40年前にオーストリア大使に任命されていたからだが、彼は日本に対して同様、何の関心もない。 もっと強い道を望む人々に対する回答として、自慢ゲームでは何も得るものはないし、もし去年の春にロシアを脅していたら、[ロシアが]コンスタンチノープルに即座に進軍するよう挑発しただけだっただろう。それに対し、トルコ側は抵抗する準備などできていなかったという主張をくりかえした。彼はまた、フランスとの同盟に冷淡だと非難されてきた。その長い人生の間ずっと一貫してこのような関係が必要だと主張してきた彼、「友好協定」(entente cordiale)という語の作者でありながら!
 本当にまどろっこしい言い方をしていますが、好戦的な世論とメディアを気にしながら、戦争を避けようという首相の思いが表れているように感じます。突然、「日本」が出てくるのも不思議ですが、「日本、そしてロシアの戦争」のような論調を指しているとも思えます。日本に武力で開国を迫ることに関心がないという含みかもしれません。 現在のイギリス政府の歴代首相のホームページによると、アバディーン政権は平和維持と和解を求めたのですが、閣内に強硬派もいて、メディアが政治家間の対立を煽り、1855年2月に総辞職に追い込まれて、アバディーンは国を戦争に陥らせた責任を感じて、二度と役職につくことはしなかったそうです[ref]Jonathan Parry, “Lord Aberdeen”, History of government, The National Archives, Prime Minister’s Office, 29 June 2016.https://history.blog.gov.uk/2016/06/29/lord-aberdeen/[/ref]。

扇動するメディア

 当時のメディアと国民感情が好戦的だったという点で、『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』の論調を見ていくと、なるほどと思わされる記事が多いことに驚きます。アバディーン伯爵の議会演説後の記事(1854年3月4日号)は「戦争の準備万端」と題する巻頭記事で、議会の好戦派議員を支持する内容です。まだ宣戦布告さえ出ていないのに、メディアは早く戦争始めろと煽っているようです。煽るメディアと踊らされる国民という構図が見えてくるので、重要点を訳します。
「戦争の準備万端」 英国議会の様々な議員は、現在ロシアとの間が平和なのか戦争中なのか迷っているようだ。素晴らしい艦隊に人員配置し、連隊の乗船、陸海軍の概算増加の投票は、戦争状態にあることを強く示唆することは明らかだ。それなのに、正式な宣戦布告が発せられない限り、我々が戦争状態だとどうして言えるのかという疑問が出された。(中略) 現実的に我が国は戦争状態である。理論的には、ロシア皇帝はトルコ以外の世界とは平和状態にあるという思いにふける時間はまだ2,3日ある。(中略) 平和時に生まれ育った国や世代は、戦争が自分たちに課す負担や、先祖が被った悲惨さ以外に戦争のことを知らないから、自分たちの時代と自分たち自身に再び起こると恐れの思いで戦争を見るしかない。見えない巨人というぼんやりした恐れは実際の怪物の出現よりもはるかに耐えがたいものだ。不確かさが半分以上このいたずらを引き起こす。(中略) 心配が戦争を避けることはもはやない。男らしく戦争に突入し、雄々しく最後まで戦うべきだ。(中略)国民の側には弱気の意気地なさなど微塵もない。イギリスでもフランスでも、熱狂が最高潮にある。(中略)年老いたヨーロッパは怒りに燃えた道義心という強い刺激を受けて、若さと強さを感じている。(中略)我々はあの偉大な犯罪者に現在の義務を教えてやるだけでなく、過去のことで罰し、未来のために彼を押さえつけるべきだと感じている。 イギリスはその役割を陽気な気持ちで始めるのだ。(中略)利己的な目的で戦争を始めるのではない。イギリスの理由は一般法と道徳と規律である。力や領土の増加を求めているのではない。イギリスだけの利益を求めて戦うのではない。これはイギリスが行う原理原則の戦争である。正義の敵以外イギリスに反対することはできない。(中略)ロシアのような半分野蛮な国は自分の立場をわきまえなければならない。さもなくば、文明国と競争する方法を学ばなければならない。
 戦争の正当化を主張する論調が苦しく聞こえます。宣戦布告前から戦争を始めてよいのだと言わんばかりの論調は、さらに宣戦布告の10日前の3月18日号で最高潮に達します。トルコ軍の戦闘の絵・バルチック艦隊のウェリントン公号の絵・バルチック艦隊を見送る群集・フランス軍の連隊の出発風景・バルト海の地図・「バルチック艦隊」の歌詞と楽譜等々、付録まで付いて、戦争を煽る記事と挿絵が満載です。 2-4でイギリス艦隊の長崎寄港時(1854年10月)に長崎奉行所の役人たちがウェリントン公号の絵を確かめたがったことを紹介しました。日本の役人がこのバルチック艦隊のウェリントン公号について聞いていたからだとは時系列的に考えにくいですが、1854年3月18日号掲載の絵を見たら度肝を抜かれただろうと推測できます。

蒸気を使った最初の戦争

 3月18日号の「バルチック艦隊の出発」と題した記事で、蒸気船の艦隊が戦争に使われたことはかつてなかった、「近代戦に蒸気が使われたことで快速性が新しい最強の要素になった」((注2), p.242)と書かれています。そして以下のように締めくくられます。
我々の敵にとって科学が大きな役割を果たしたとしたら、我々にはもっと大きな役割を果たしている。世界が蒸気の威力の恩恵を受けているのは、イギリスの天才とエネルギーのおかげである。その偉大な発展はこの国に端を発しているか、この国で現在の効率性にまで持ってこられたのである。従って、十分な根拠のある自信を持って、我々の大義の正当性において、また、我々の兵器の強さと完璧さにおいて、英国人全ての心がバルチック艦隊の成功を願い、魂を鼓舞する叫びをあげよう、ヴィクトリー!ヴィクトリア!(VICTORY! VICTORIA! 勝利を!ヴィクトリア!)。

21世紀の米英仏のシリア攻撃との比較

 164年後の2018年4月7日に起こったシリア・ダマスカス近郊の東グータ地区ドゥーマ(Dourma)における化学兵器攻撃と、それに対する米英仏の動きが構図的に似ていながら、メディアと議会の対応が異なるので、概観してみたいと思います。 この化学兵器攻撃をシリアのアサド政権と、その後ろ盾であるロシアによるものだとしたアメリカのトランプ大統領は「ロシアよ、準備しろ。なぜならミサイルが行くことになるからだ」と4月11日にツイッターに書き込みました[ref]「米大統領 ロシアに『ミサイルが行く 準備しろ』とけん制」NHK NEWS WEB, 2018年4月11日 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180411/k10011399441000.html(元記事は削除されているのでアーカイブで閲覧)[/ref]。その翌日、国防長官のジム・マティスはシリアに対する軍事行動の正当性を世界に示すには、化学兵器使用がアサド政権によるものだという確かな証拠を掴まなければならないと、ホワイトハウスの秘密会議で強調したと伝えられました[ref]Helene Cooper, et al., “Mattis Tries to Put Brakes on Possible Syria Strike, to ‘Keep This From Escalating’”, The New York Times, April 12, 2018https://www.nytimes.com/2018/04/12/us/politics/trump-syria-attack.html?hp&action=click&pgtype=Homepage&clickSource=story-heading&module=photo-spot-region®ion=top-news&WT.nav=top-news[/ref]。イラク戦争時に指揮官として戦ったマティスは「イラク侵略は戦略的ミスだった」と述べたそうです[ref]“Iraq war 続きを読む

英米に伝えられた攘夷の日本(4-5)

クリミア戦争でイギリスがロシアに宣戦布告した直後に、『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』に「日本、そしてロシアの戦争」という巻頭記事が掲載されます。節で長崎奉行所の役人がイギリスは「平和を好む国々の船を略奪することで生きていて、全ての国に貢ぎ物を強要する」と言ったと、バラクータ号のトロンソンが記していることを紹介しました。彼の記録によると、1854年9月7日〜10月20日の間の発言です。この5ヶ月前の『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』(1854年4月8日)の付録版(Supplement (注1))第一面に「日本、そしてロシアの戦争」(JAPAN AND THE RUSSIAN WAR)と題した長文の記事と、「戦争の準備」というキャプションの挿絵が掲載されています。この記事がなぜ『日本とイラストレイテッド・ロンドン・ニュース—報道された出来事の完全記録1853-1899』(2006)に収録されていないのか疑問です。以下の拙訳は、長段落の本文を短い段落に修正しています。
「日本、そしてロシアの戦争」 ロシア帝国に対する世界は、物理的観点からも強敵である。しかし、さらに恐ろしいのは、人類の普遍的な良識が否定しがたい真実を宣言していることである。それは、名誉と正義のあらゆる原則が等しく反対しているということである。同時に、我々の勝率がどんなに高くても、敵をみくびるなというのは賢い公理である。なぜなら人間のする事は奇妙な偶然に満ち溢れているからだ。このリスクをあえて犯している国は地球上のあらゆる所で、その巨大な軍事力を全力を尽くして使う必要性に気づいているからだ。そして、大戦争は今や、チェス・ゲームのような小さな領域に限られるのではない。その影響は広がり、世界中に響いている。そこで、現在我々が見ているように、平和の感情をゆるめたり、ゆさぶったりすることで、地球上の強大な古代の地域、全ヨーロッパとアジアの国益が広範囲に影響されている。北アフリカはこの状況のプレッシャーに動かされ、新世界のアメリカはこの出来事の展開を用心深く見続けなければならない。 この複雑な状況の最中に、2,3週間前に読者に示した、中国に関するある情報と同じ情報源から、日本帝国を付加するというテーマに関する2,3のコメントについてお伝えする。日本の海を周航するうちに、我々はロシア戦艦を複数見つけ、アメリカの艦隊もこの守りの固い海岸に向かって2回目の訪問の途にある。日本も中国の後に続かなければならない。ロシアは半世紀もそのとっかかりを得ようとしたが無駄だった。イエズス会とポルトガル人は嫌悪され、追放された。オランダ人は唯一長崎港と素晴らしく窮屈な通商しか許されなかった。中国人はもう少し認められたが、ごろつきと盗人とみなされた。
 この記事の掲載の仕方は1850年8月10日号(4-1参照)と同じです。下の挿絵は記事とは関係ないのですが、「戦争の準備」と題して、クリミア戦争でイギリスがロシアに宣戦布告する直前の1854年3月にウインガ海峡(現在スウェーデンのヨーテボリ (注2), p.121)に到着した戦艦の中で銃や刀の点検をして、戦闘の準備をしている兵士たちを掲載することで、読者に何を印象付けたいのか想像できます。
「日本、そしてロシアの戦争」(続き) しかし、ubi mel ibi apes [where there is honey, there are bees.]蜜のあるところには蜜蜂が群がっている。そして、儲かる商売用の品物が豊富なところでは、最終的には忍耐がこの神聖なる国に入り込む効果をもたらす。これがこの危機の条件のようだ。東洋の海におけるその他の変化によって、今やこの危機が固く閉ざした日本帝国に近づいている。 日本の変更不能の制度の中で革命に向かって相互に協力しているのは、今まで述べてきたように、カムチャッカ国境からやってくるロシアの再挑戦、アメリカの新たな侵入、中国の大変革[痙攣の意味もあるconvulsion]の伝染、そして、とりわけイギリス商業の企業魂がこの「開けゴマ」の呪文に取り残されてはならじと、あらゆる段階で懸命に手を貸し、この競争で最大の利益を得るだけの多くの強みがあるのだ。 これらの国々の流入に抵抗する日本の力は、主にこの帝国の島々の地理的性質と、島々をいつも覆っている暗い霧にあった。この自然現象によって守られる安全性のレベルに満足しないこの国の政府は大昔から政治的予防措置を採ってきた。この措置によって、キリスト教徒の血の激流に溺れ死んだ宗教的反乱以来、この国は危険から守られてきた。周知のように、この政策に従って、日本の港に到着するすべての船は逮捕され、乗組員は投獄された。戦艦は岸に近づくことも許されなかった。限られた貿易用にただ一つの港が一年に特定の季節だけ認められた。この国の内地に入り込むことは、帰れないという痛みをともなわない限り認められなかった。異人に対しても、土着民に対しても、いかなる宗教的儀式も信仰も認められなかった。例外は準仏教(semi-Buddhist belief)と、ラマ教のような精神的指導者の下にいる放蕩的聖職者たちによって行われる儀式である。ラマ教のような精神的指導者は在任中の皇帝の上に位置し、ほとんど神として崇拝されているが、現世的権力は全くない。この権力は、我が国の昔の封建領主のやり方と非常に似たやり方で、実際の支配者と共有している。慣習に囚われてはいるが、領主(Princes)の中には、現存の形式と古代の制度については意見が一致しているわけではないと言われている。 この国の人々は極度に小さく(diminutive)、弱々しい(feeble)人種なのに、頑丈な毛深いクリル人を奴隷にして、牛馬の如く使う。日本人はあらゆる弱い畜生(weak creature)同様に、嫉妬深く(jealous)、用心深く(cautious)、臆病で、ずる賢く、卑劣である。この国の要塞と強い場所(住居として)は、ほとんどが木造で、それは頻発する地震で石造りの建物が不向きだからだ。日本の防衛の性格を隠し、偽装するために、塀を布の垂れ幕で覆い隠すという彼らの行為に日本人の性格が表れている。火縄銃と数丁のマスケット銃、弓矢、槍、投槍、サーベルで武装し、それに2,3の大砲、品質の劣った火薬など、兵士数は多い(15万人だが、戦時にはその二倍以上が可能とみなされている)が、こんなものでできた軍隊が恐るに足るとは到底言えない。たとえ素晴らしい鎧を身につけた長官たちに指揮された軍隊だとしても。 しかし、我々の情報提供者は我々がまだ気づいていない要素が勢いよく存在し続けていることに強い期待を寄せている。土着民の中に、キリスト教徒と呼ぶ以外、他にもっと正確な呼び名がないが、かなりの数が存在し、中国のトライアドやその他の秘密結社のような集団が野蛮な信仰を密かに維持していて、機が熟せば、迫害者に対して立ち上がる。この事実の証拠は、圧制者たちが持っているこの集団に関する情報で、わずかでもキリスト教に似ていると認められれば、容赦しないことで明らかである。 自分たちの[土着の]宗教に注意を払わないと疑われただけで、不運な者は死罪という、極悪非道な犯罪でも稀な罰を与えられることに、極端な政治的警戒心が読み取れる。オランダ商人たちが十字架を踏みつけさせられたという昔の話が、現在に至るまで続いていることは、長崎の(多分帝国全体でも)多くの住人が毎年寺まで行進させられ、キリスト教信仰の聖なる象徴物を踏みつけるよう命じられることに表れている。 侵略の際には、侵略者に味方する大きな陽動作戦が起こることは疑いない。同じ問題を示す理由がたくさんある時代において、これから起きうることに注意せよと、このコミュニティに教える賢者の警告である。それはすぐに起こり、中国や日本だけでなく、インド群島(Indian Archipelago)の隣接する地域すべてにおいてである。氷はいたる所で氷解し始めている。その澄んだ水を最初に利用する者が最も豊かな利益を収穫するだろう。
 この記事の内容を端的な表現に直すと、以下のようになります。 ロシアの強敵は軍事力の強大な英仏である。これは名誉と正義の戦争であり、世界がロシアに反対している。勝算は英仏にあるが、戦争では何が起こるかわからないから、気を許してはいけない。 これはクリミアだけの戦争ではない。全ヨーロッパとアジアの国益が影響される戦争だ。ここに日本が加えられる。ロシアは日本との通商を狙っている。アメリカは日本を開国させるために二度目の訪問に向かっている。アヘン戦争で敗れた中国はイギリスに香港を割譲[1842年]した。日本も中国の後に続かなければならない。 ポルトガル人は日本から追放され、通商を許されたオランダには自由な通商は許されていない。中国は日本との通商はもう少し認められているが、日本人から非難されている。それでも、日本には蜜[金・銀・銅など]があるから、世界中からミツバチが群がってくる。日本の鎖国制度を破るための革命を起こそうと協力しているのは、カムチャッカ経由で日本に近づくロシア、侵入を試みているアメリカ、中国国内の革命軍(1-5参照)と香港割譲などの大変革が日本にも伝染することだ。イギリスは乗り遅れてはならない。イギリスの強みは東インド会社に象徴される起業魂だから、日本開国のために列強に手を貸して、最大限の利益を得るべきだ。 日本は今までは島国という地理的条件と、霧に覆われて船が近づくのを妨げる自然条件に守られてきたが、それでも日本政府は入り込んでくる欧米を阻止するためにキリスト教禁制の政治手法を使って国を守ってきた。宗教の点で仏教と神道だけが例外として認められたが、正当の仏教ではないし、神官たちは腐敗している。天皇には政治的権力はない。 日本人は臆病でずる賢く、卑劣で、千島列島のアイヌを奴隷にして酷使している。日本には海外からの侵入を防御できる仕組みがないことを隠すために、垂れ幕で見せないよう偽装するところに、日本人の性格が表れている。日本の軍隊は取るに足らない。日本政府を転覆し、侵略するのに最強の要素がある。キリスト教とはとても呼べないが、彼らがキリシタンと呼ぶ人々の秘密結社的な犯罪集団((注3))が存在し、機が熟せば政府に立ち向かうという情報がある。欧米が侵略する場合は、味方してくれることは疑いない。このような革命はすぐに起こり、それは中国や日本だけでなく、東南アジア全体([ref]記事の中で「インド群島」というのは、1837年刊の『インド群島への航海と冒険——1832-1834——ジャワ島、ボルネオ、マレー半島、シャム等々とシンガポールの現状』という題名の本に現れているように、東南アジアを指し、イギリスが植民地や貿易の対象とする地域を指していることがわかります。George Windsor Earl, The Eastern Seas; or, Voyages and adventures in the Indian 続きを読む