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英米に伝えられた攘夷の日本(6-5-6)

19世紀の不当な戦争が21世紀にも続いていること、そこにメディアがどう関わっているかを概観します。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-5-5)

19世紀後半のイギリス・メディアが権力と化した姿勢に警鐘を鳴らしたジャーナリストと、パーマーストン首相/政権と『タイムズ』の報道の関係を厳しく批判したマルクスの論を紹介します。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-5-4)

1858年4月から10月まで英米メディアで報道された第二次アヘン戦争、インドの反乱、日本関連記事を概観します。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-5-3)

幕府はインドの反乱について、早い時期に把握していました。当時、日本が置かれた立場を理解するために、英米メディアで報道される第二次アヘン戦争とインドの反乱と並んで、ネイティヴ・アメリカンとの戦争や奴隷貿易、日本との条約交渉を辿ります。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-5-2)

Indian Crisis「インドの危機」

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-5-1)

アロー号事件とイギリスによるカントン攻撃のニュースは日本にいつ、どう伝えられたかみます。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-4-4)

DISCHARGING OPIUM FROM THE “PEKIN.”(北京号からアヘンを荷揚げ)
出典:『イラストレイテッド ・ロンドン・ニュース』1857年7月11日

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-4-3)

1857年の英米メディアには、中国に対する戦争を煽る記事と、アメリカの参戦拒否に関する記事が掲載されます。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-4-2)

イギリス議会下院でカントンへの攻撃を非難する決議が可決され、パーマーストン政権が解散総選挙にします。その経緯を英米のメディアがどう報道しているか検証します。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-4-1)

イギリスによるカントン攻撃について、当時のメディアがどう報道していたか、好戦的なパーマーストン政権が解散総選挙で圧勝したこととメディアとの関係を見ていきます。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-3-3)

“A Lesson to John Chinaman”(ジョン・チャイナマンへの教訓), Punch, 9 May 1857.
Scanned image and text by Philip V. Allingham, The Victorian Web.

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-3-2)

イギリス議会下院で政府が承認したアロー号事件対応とカントン攻撃に対する賛成、反対の議論が続き、グラッドストンが戦争反対の動議に賛成票を投じてほしいと熱弁をふるいます。

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