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英米に伝えられた攘夷の日本(4-10)追記5

有吉佐和子が『複合汚染』で農薬は化学兵器の平和利用だと批判してから44年後の今、ベトナム戦争の枯葉剤が日本全国に埋設され、豪雨と地震が頻発する現在の日本で、ダイオキシンが漏出する可能性が指摘されています。

「複合汚染」(1974-75)時代より悪化している日本の汚染状況

 1974年10月〜1975年6月まで『朝日新聞』に連載された小説家・有吉佐和子(1931-1984)の「複合汚染」を読み直し、44年前に彼女が指摘した多くの農薬や食品添加物等による複合汚染(2種類以上の毒性物質の相乗効果)が2018年現在も継続していることに衝撃を受けます。1960年代後半にアメリカ全土で禁止されたDDTは「アメリカの真似ならなんでもする愛すべき日本国では、アメリカ全土が規制して一年後に全面禁止になった」((注1), p.109)と述べていますが、DDTの健康被害が現在でも続いていることを『ネイチャー』の記事「自閉症とDDT:100万の妊娠が示せる/示せないこと」(2018年8月16日、(注2))が指摘しています。フィンランドの100万人の妊婦の血液中のDDT残留濃度を調べた結果、濃度が高い人が生んだ子どもに知的障害のある自閉症の率が高かったという結果が『アメリカ精神医学雑誌』に発表されました。DDTは多くの国で数十年前から禁止されていますが、土壌と水に何十年も残り、植物に蓄積されて、それを食べた動物の体内にも蓄積されるそうです。 有吉は農林省や厚生省への批判を以下のように記していますが、現在にも当てはまります。
 医者や生物学の専門家たちが、AF2[豆腐や魚肉ソーセージの防腐剤として使用された]の強い毒性を指摘したとき、その安全が百パーセント立証できるまでは使用停止にするのが、厚生省の本来あるべき行政指導というものではなかっただろうか。疑わしきは罰せずというのは人間に対する法律であって、食品に関しては疑わしきはただちにストップをかけるべきではないか。(p.68)
 この当時の食品添加物は336種類とのことですが、2018年7月3日改正の「指定添加物」は455種類です(注3)。「複合汚染」では日本が「公害大国」と言われていた時代に、国際会議に出席した日本人研究者が海外の研究者から「日本では動物実験の必要がない」と言われるほど、人体実験が盛んな国だと評価されていたとデータで示しています。1970年代初頭に「国際科学連合の環境問題委員会」が全世界の科学者に呼びかけて5種類の汚染毒物(水銀・カドミウム・鉛・DDT・PCB)の調査を促しました。「このうち三つの物質が、日本では大量な人命を損なう公害事件を惹き起こしている。水銀の水俣病(それも二カ所)、カドミウムのイタイイタイ病、PCBはカネミ油事件」(p.127)と指摘されているPCBは、現在ペットボトル飲料・洗顔料・化粧品・練り歯磨き等に含まれるマイクロプラスチックに吸収されていて、それが海に流れ、魚経由で人間の体内に入ってくることが問題になっています(注4)。そして、海洋を漂うプラスチックゴミは日本発のものだという批判記事が最近出ました(注5)。家庭ゴミのプラスチックはリサイクルできず、中国に送っていたが、中国が厳しくなってからマレーシアに送り始めていること、結果として海に放棄されるプラスチックゴミは日本由来だという指摘です。安倍首相がG7の「海洋プラスチック憲章」に署名しなかったこと(注6)と関係あるのでしょうか。 カドミウムのイタイイタイ病の解明が公害認定から50年後の2018年5月に公開されました(注7)。富山大学の研究グループがイタイイタイ病で亡くなった36人の解剖資料を分析した結果、腎臓は6割縮小し、「水分調節や造血ホルモン分泌の機能を持つ部位が大きく損傷していた」ことがわかったそうです。また、カドミウム汚染の富山県の農地の土壌入れ替えが1979年に始まり、2012年に全地域でコメの作付けが可能になる農地復元事業が終わったとのことです(注8)。農林水産省の「コメのカドミウム濃度に基づく流通規制の歴史」(注9)によると、1970(昭和45)年に玄米中にカドミウム1ppm(1mg/kg)を超えてはならない、2010(平成22)年に玄米・精米に0.4ppm超えてはならないと改正されました。0.4mg/kg以上1mg/kg未満のカドミウム含有コメは食糧庁が2011年まで買い上げ、非食用(合板用のり等)として処理されたと書かれています。一方で、2008年に工業用として売却していた方針を止め、政府保有のカドミウム在庫米6千トンも含め、焼却処分にすると当時の石破茂農水相が発表しましたが(注10)、工業用の汚染コメが食用に転売された事件が起きた頃です。その後2010年に基準値を超すカドミウムが兵庫県ですでに消費された給食から検出されたというニュースもあります(注11)

化学兵器の平和利用としての農薬

 DDTをはじめとする農薬が第二次世界大戦中に使用された化学兵器で、戦後「平和目的」で農薬として大量に使われ始め、「軍需産業で急速に成長した大企業は、こうして大変結構な平和産業に切りかえられた」(p.105)と有吉は指摘し、除草剤2,4-D[2,4-ジクロロフェノキシ酢酸]と2,4,5-T[2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸]を紹介しています。ベトナム戦争でアメリカ軍がこの2種類を成分とした枯葉剤を散布し、「ジャングルの繁みを取り払い、作戦を有利に展開し、またベトコンの食糧資源を破壊するために」枯葉作戦と呼ばれる作戦を展開し、「子供を殺し、妊婦を流産させたあと、土や水にしみこんでベトナム人の健康をいつまでも脅かした。先天異常児の出生がふえたという報告がある。245Tの催奇性(つまり生れる子供に異常が出る可能性)が問題になり、国際世論が枯葉作戦を非難して」(p.187)、1970年にアメリカは散布を中止すると声明を出します。2,4-Dも「催奇性が動物実験で立証されているにもかかわらず」日本で除草剤として使われ続け、245Tを日本で生産し、ミカンの肥大促進剤として使っていると指摘しています。2018年現在、2,4-Dは「経済的で効果に優れた水稲用後期除草剤」(日産化学、(注12))などという宣伝文句で広く使われ、その上、政府は2018年5月に食品中の2,4-D残留規制値を緩和する決定をしています。小麦などは現行の5倍の危険度になります(注13)

日本で製造され、ベトナム戦争で使われた枯葉剤が日本中に埋設されている

 この枯葉剤兵器の成分2,4,5-Tが現在日本中に埋設され、漏出の危険性が高まっているという報道があります(2017年11月27日、2018年8月23日、(注14))。1960年代後半に林野庁が国有林に除草剤として散布していましたが、「奇形を生じさせる強い毒性がある」ダイオキシンが含まれ、「海外で問題になったため、71年4月に使用中止を決定(中略)、11月に地中に埋設するように全国の営林署に指示した」と報道され、全国の埋設場所と量が記されています。埋設方法は液体状と固形状で、総量的にはセメントで固めた固形状が多いですが、撤去済みを除いても、北海道6市町・青森1村・岩手6町村・福島1町・群馬2町村・愛知1町・岐阜2町・広島1町・愛媛3町村・高知4町村・佐賀1町・熊本3市町・大分1市・宮崎6市町8カ所・鹿児島5市町6カ所と全国に広がっています。総量は液状1835.5リットル、固形状24,982kgというので、豪雨・地震・土砂崩れなどで日本全国に大変な被害をもたらすと予想できます。 この記事の中で紹介されている北九州市立大学の原田和明氏の研究で、2,4,5-Tは日本でも製造され、アメリカが使用を中止したために、在庫を国有林に埋めたのだろうと分析しています。原田氏の『真相 日本の枯葉剤』(2013, 五月書房)は絶版で読めませんが、調査内容はメルマガ(「枯葉剤機密カルテル」2005.5〜2005.10)で配信されています。この調査を道しるべとして、当時の国会で議論されたことを時系列で追ってみます。

日本で製造していた枯葉剤

1967年〜1970年
    1967年4月にアメリカのメディアが「米軍が米国内での生産能力の4倍に当たる大量の245Tを発注した」と報道(注15)。 三井東圧化学が「外国からの引き合いで」大牟田工業所で1967年10月から塩素系除草剤245Tの中間製品245TCPを月産55トン生産し始め、1969年から245Tも月産15トン製造した(注16)。 1968年7月12日付『朝日新聞』が枯葉剤製造疑惑と作業員の皮膚疾患を報道(注17)。 三井東圧化学大牟田工業所で1968年に爆発事故があった;1968年1月〜7月までに約30人の被災者が皮膚炎・肝臓障害・白血球異常などを起こし、被害者が続出していると、1969年7月23日開催の衆議院外務委員会で楢崎弥之助(社会党)が指摘(注15)。 三井東圧化学副社長・平井威が記者会見をし、日本経済新聞(1969年7月25日)によると、「大牟田工場で245TCP生産の際に23人が皮膚炎にかかったのは、製造開始時の運転不慣れにより、多量に、または繰り返し245TCPに触れたためで、その後防護具の使用と排気装置の設置で解消した」と述べた。245Tの中間製品245TCPはパルプの防カビ剤として1割、245T原料として自家消費1割(石原産業、日産化学を通じて外販)、残り8割は英国・ニュージーランド・フランス・シンガポール・オーストラリア・米国の順で輸出(注16)。 ニュージーランドに輸出された245TCPは加工されて枯葉剤として第三国を経由して南ベトナムに輸出された可能性が、ニュージーランドのイワンワトキンス・ダウ社(現ダウ・アグロサイエンス社)の元幹部の証言(2000年)により判明。ニュージーランドはアメリカ・英国・オーストラリア・カナダと化学兵器開発協定を結んでいた(注18)。 イワンワトキンス・ダウ社の従業員は枯葉剤の有害性を知らされず、がんが多発し、国平均の2〜3倍の罹患率だった。枯葉作戦中止後に余った枯葉剤は245T除草剤として再利用され、数千トンの化学製品は工場近くに埋設した(注19)

日本の山林に散布された枯葉剤

    1970年4月15日:アメリカ農務・内務・厚生教育省は245Tを湖・池・人家付近・農作物には使用禁止、森林は厳重な規制をすると声明を出した。その理由はダイオキシンが入っているからだが、日本の林野庁は245Tにダイオキシンは入ってないという。245Tは催奇形性だから劇毒物扱いだと、川俣健二郎(社会党)が1970年10月9日開催の衆議院社会労働委員会で指摘(注20)1970年5月:林野庁が国有林に245Tを総量91トン散布していた;枯葉剤のもう一つの成分24Dも青森・秋田・岩手・山形の山林に合計370トン散布していた事実が、北海道大学医学部の調査を報道した『北海タイムス』(1970年5月)によって明るみに出た。林野庁はニホンザルとカモシカの生息域周辺でも散布した。秋田県玉川村では散布の三日後に口から泡をふいて死んでいるカモシカが発見され、青森県下北半島では猿の奇形児も発見され、枯葉剤で餌を失ったニホンザルが南下を始めていることも確認された。四国で日本カワウソの情報が途絶えたのも245Tが大量散布されていた1970年前後(注21)1970年7月10日:衆議院農林水産委員会で、津川武一(共産党)が以下の指摘をした(注22)。枯葉剤成分2,4-Dが宮城県・青森県・岩手県の山林2,620ヘクタールに370トン空中散布され、山菜や杉が枯れてしまった。宮城県の花山村長が営林署を尋ね、慎重にして欲しいと要請し、営林署が約束したのに、村に戻ったら既に散布されていた。 松本守雄林野庁長官は、2,4-Dは「劇物に指定されていない」「毒性は食塩よりも低い」、「245Tその他、十分影響はない」と答弁。 1970年10月9日:衆議院社会労働委員会で川俣健二郎(社会党)が以下の指摘をした(注20)
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