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2018-12-09

英米に伝えられた攘夷の日本(5-2-1)

『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』(1857年1月)に紹介された絵双紙。

れは、『ペリー日本遠征記』(1856)を紹介した『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』(1856年12月13日号、5-1-2参照)の次の日本関連記事で、柳亭種彦作・歌川豊国画『浮世形六枚屏風』(1821:文政4)の粗筋紹介です。1857(安政4)年1月3日号(注1)に掲載されています。「THE FOLDING SCREEN: A JAPANESE TALE(屏風:日本の物語)」と題されていますが、作者名もなく、「記者より」としか書かれていません。研究者も出典が探せなかったようで、「記者より」をそのまま引用しています(注2)

ドイツ語訳『浮世形六枚屏風』

 柳亭種彦作『浮世形六枚屏風』を最初に訳したのは言語学者東洋学者アウグスト・プフィッツマイヤー(August Pfizmaier: 1808-1887)で、初めて外国語に翻訳された日本文学とされています(注3)。フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(Philipp Franzvon Siebold: 1796-1866)が第1回日本滞在中(1823-1828)に収集した日本の書物のうち60冊をウィーン帝室図書館に寄贈し、その中に『浮世形六枚屏風』が入っていたそうです。それをプフィッツマイヤーが見つけて翻訳し、1847年にウィーン大蔵省印刷局から出版されました。

 フィッツマイヤーの『浮世形六枚屏風』の題名はSechs Wandschirme in Gestalten der vergänglichen Weltで、国立国会図書館デジタルコレクションとドイツの国立ヴァーチャル・ライブラリーBayerische Staatsbibliothecがデジタル化して、ネット掲載しています(注4)。この翻訳本の画期的な点は欧米式に左側に文字だけのドイツ語訳、右側から開けると、『浮世形六枚屏風』の原版が印刷されていること、その原版に見えるものが、実はウィーンで金属活字を作って原版の日本語連綿体を忠実に再現したことです。「歌川豊国の絵はzinko-lithographirt亜鉛版による完全な再現」(注5)で、ウィーンで新たに作られたものです。

 「文字を活字化し、絵と分け手間をかけて復刻する。これは思いのほか凄いことなのです」(注6)と印刷博物館の「ウィーン版『浮世形六枚屏風』」で述べられています。再現と言っても、レイアウトの違いが見られます。日本版は各ページに絵が描かれ、空いたスペースにびっしりと文字が書かれていますが、ウィーン版は字数を減らし、絵が生きるようになっています。そのため、日本版にはない、活字だけのページがオーストリア版には多数あります。国会図書館デジタルコレクションの1821(文政4)年版(注7)と比較すると、よくわかります。

文政4年版『浮世形六枚屏風』(国立国会図書館デジタルコレクション)

ウィーン版『浮世形六枚屏風』(国立国会図書館デジタルコレクション)

文政4年版『浮世形六枚屏風』

ウィーン版『浮世形六枚屏風』

『浮世形六枚屏風』の完全英訳までの経緯

 プフィッツマイヤーは『浮世形六枚屏風』を翻訳した経緯をイギリスの文芸誌『アテナイオン』(The Athenaeum)の評者に宛てた手紙で述べ、その手紙が『アテナイオン』の1846年4月25日号に掲載されています。イニシャルMの署名入り記事((注8), p.423)で、「ウィーンの文芸サークル以外ではほとんど知られていない、活躍中の外国人セレブの価値を認めよう」(ask for some recognition of the merits of a living foreign celebrity, here at home, as yet but little known beyond the pale of the more literary circles in Vienna)と、フィッツマイヤーの経歴と業績を紹介してから、フィッツマイヤーからの手紙を掲載しています。

 1845年付のこの手紙は1842年に設立されたアメリカ東洋学会(The American Oriental Society, (注9))の学会誌第2巻(1851年,(注10))に再掲されました。ウィリアム・ターナー(William W. Turner)という人物が、1849年10月24日にアメリカ東洋学会で発表した原稿で、フィッツマイヤーのドイツ語訳『浮世形六枚屏風』を英語に抄訳紹介しています。このターナーという人については、学会員名簿にニューヨーク在住とあるだけで、職業などはわかりません。20ページの発表の内容は16世紀からの日欧交流の歴史、プフィッツマイヤーの略歴、彼の1845年書簡、プフィッツマイヤー訳『浮世形六枚屏風』の英訳梗概です。

 フィッツマイヤーは語学の天才だったらしく、ヨーロッパの主要言語をマスターした後、トルコ語、アラビア語、[エジプトの]コプト語、そして中国語、満州語と進みます。彼の手紙によると、独学で『浮世形六枚屏風』を理解するためには辞書が必要で、翻訳作業と並行しながら辞書を作成したそうです。この作業で自分が収集した4万の語彙数は、メドハースト(Walter Henry Medhurst: 1794-1857)の『英和和英語彙集』(An English and Japanese and Japanese and English Vocabulary, 1830)の7,000語、シーボルトの辞書(1840年刊)は2万語強だから、自分の語彙数が「相当なものだ」(quite extraordinary, p.38)と自画自賛しています。

英訳『浮世形六枚屏風』

 『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』掲載の絵がどこから来ているのか確証はありませんが、ウィーン版は活字と図版を別々に作成したということですから、活字を抜かした絵にできるわけでしょうか。それなら、Sechs Wandschirme in Gestalten der vergänglichen Weltが出典と推測できそうです。

 『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』掲載の梗概がターナーの梗概を引用したのかと思い、比較検討してみましたが、ターナー版にない内容が入っていたりして、出典が違うようです。日本では1869(明治2)年に英訳が出版され、それがターナーの英訳梗概をそのまま出版したということになっており、1869年以前に「ヨーロッパでもアメリカでも英訳本は出ていません」(注11)とされています。本当かなぁ、イギリスの文芸誌『アテナイオン』が1846年4月25日号に画期的な翻訳がドイツから出たと紹介しているのに、イギリス国内で反応はなかったのか調べたところ、立派な英訳が1851年に出ていました。挿絵なしですが、プフィッツマイヤーのドイツ語訳からの英訳が文芸誌『大衆とホイットのジャーナル』(People’s & Howitt’s Journal of Literature, Art, and Popular Progress)第4巻(1851,(注12))に原題に近い「人生の六枚屏風——オリジナルな日本の小説」(The Six Folding Screens of Life: An Original Japanese Novel)という題名で3回に分けて連載されていました。この雑誌をデジタル化して公開している米国大学図書館協同デジタルアーカイブ、ハーティトラスト・デジタル・ライブラリーに感謝したいと思います。

「人生の六枚屏風」

 1851年のイギリスの読者に向けて、なぜ『浮世形六枚屏風』を選んだのかがわかるような解説を編集者が書いていますので、抄訳します。

 日本の小説は、その内在的メリットが何であれ、世界の文学の珍品中の珍品、最も珍しい部類に属するのは確かである。様々な情報からわかったことは、本作品が日本の人々の特徴、作法、考え方などを正確に伝えていることである。お読みになればわかるように、登場人物の感情の動きから、彼らが正義を認め、悪を憎むこと、日本の人間性などが、高度の文明を誇る人々と同じ人間性を持っていることだ。「人生の六枚屏風」は、このほとんど知られていない国の内面人生の最初の声で、ヨーロッパの声のように響く。

 この後、日本の原作を「優れた言語学者プフィッツマイヤー博士」がドイツ語に訳し、それをW.G. Snethen氏が英訳したと記されています。この人物が何者かはわかりません。この後に以下のコメントが続きます。

 この小説で書かれている言語と文字は日本の人々の間で一般的で広く使われている。文字は美しく、流れるようで、縦書きされている。紙の右側、上から始まる。この翻訳版では木版画によって文字の流れが邪魔されることはないが、原本では物語の異なるシーンを描いており、日本人が木版画においてヨーロッパに引けを取らない技術を持っていることを示している(p.113)。

 この後に続くのはウィーン版『浮世形六枚屏風』をどう読むべきか、文字はどちらからどちらに流れているのかなど、詳しい説明です。イギリスの読者には見えないから意味のない説明なのに、挿絵と文字の配置、その読む順番などによほど興味を持ったからでしょうか。

 英訳の本文は柳亭種彦の序の翻訳から始まっています。私はドイツ語ができないので、プフィッツマイヤー訳と照合することはできませんが、英訳は注の位置もプフィッツマイヤー訳と同じなので、多分ドイツ語訳の忠実な英訳なのでしょう。英訳は量的にも多いのですが、説明が必要なのかと納得できました。まずは英訳の「序」を訳し、その後に柳亭種彦の文章を掲載しますので、比べてみてください。

日本の原作者の序

 この本にないものをお話ししよう。いかなる悪魔信仰も、奇跡を起こす人の奇跡も、妖精の考えや言うことも、ジャッカル・狼・ヒキガエルの行為もこの本にはない。家系図も家宝も、その他のくだらないこともこの本にはない。さらに、父と息子の英雄的行為や、自然の四大元素のいずれもがバラバラになって二分された上での結合についても、封印された宝石箱についても、化粧道具についても、あるいは、神仏の夢のお告げや仲間に対して抜く死の刀や、ぞっとしたり、毛が逆立つようなものについても、この本にはない。これらのいずれもこの本にはないが、以下のものはこの本の中にある。「人間も屏風も真っ直ぐに立っていられない」ということわざが真実ではないことをこの本で見つけることができるだろう。この点で、人間は屏風のようなものではない。このことわざが間違いだと確信して、人生の屏風と呼ぶにふさわしい人間を何人か登場させる。そしてこの劇の中で彼らが演じる役を、このはかない植物紙に絵を描くことによって描いた。読めばわかるように、登場人物の誰もが悪事をすることに屈服するのを拒絶している。彼らは屏風のように曲がって立つことを恥とする。彼らは真っ直ぐに立っているのだ。このことわざの中傷から人間を守って無実を証明する。登場人物たちが示すように、良き心をたくさん急いで集め、それを挿絵の隙間に書くことで証明する。読者諸氏の娯楽と教育のためである。

 この作品は文政(Monsei)7年(1820)7月、または秋に完成し、文政8年(1821)の1月、または春に出版されて、書店に渡った。

RIUTEI TANEFIKO.

 以下はウィーン版の序のページです。

浮世形六枚屏風((注13), p.997)

 此の書に無いものは、先づ第一に敵役、異人妖術怪談、狐狼ひきがへる、家の系図や宝物、紛失すべき物も無い、親子兄弟名乗りあふ、印籠かんざし割髪掻、神や仏の夢知らせ、腹切身替抜き刀、血を見る事が少しもない、人と屏風は直には立たぬと、下世話を悪く心得て、曲がればいよいよ立ちにくい、浮世新形六枚屏風、かかるはかなき絵草紙も、意見のはし書のあらましを、一寸つまんで記すになん。

文政 庚辰秋七月稿成

   辛巳春正月発販

柳 亭 種 彦

 プフィッツマイヤーは日本の文化・風習についても、日本語もゼロ状態から訳したのでしょうから、文政がMonseiになろうと、割髪掻が”the union of the two parts into which either of the four elements of nature is divided”になろうと、大筋を捉えていることに驚嘆します。何よりも、翻訳や辞書作りや、日本語連綿体の活字製作などの途方もない作業をしてまで、未知の国を知りたい、その知識を広めたいという情熱にかられていたであろうことに感動します。プフィッツマイヤーを紹介した『アテナイオン』(1846年4月25日号)の評者は「困難な時代の知の探求」(Pursuit of Knowledge under Difficulties)と称して、1800年代前半のリベラリズム抑圧下で言論の自由が脅かされていることを示唆する文脈の中で、「知の探求」の大切さを訴えたようです。

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1. The Illustrated London News, July-Dec. 1856, Jan. 1857.
https://archive.org/details/bub_gb_uJc0AQAAMAAJ
2. :Graham Law and Norimasa Morita “Japan and the Internationalization of the Serial Fiction Market”, in Ezra Greenspan and Jonathan Rose (eds), Book History, vol.6, Penn State University Press, 2003, p.123の注19参照。また、『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』に掲載された短編小説のインデックスでも、作者名を「記者」として掲載しています。Graham Law (compiled), “Indexes to Fiction in The Illustrated London News (1842-1901) and The Graphic (1869-1901), Victorian Fiction Research Guide 29, Department of English, The University of Queensland, 2001, “Index”, p.37.
http://www.victoriansecrets.co.uk/wordpress/wp-content/uploads/2012/05/29-Illustrated-London-News.pdf
3. ヨーゼフ・クライナー「シーボルト父子の日本コレクションとヨーロッパにおける日本研究」、人間文化研究機構『人間文化』vol.26, 2016.
http://www.nihu.jp/sites/default/files/publication/pdf/ningen26.pdf
4. 柳亭種彦作・歌川豊国画『浮世形六枚屏風』上下巻、1847年版。国立国会図書館デジタルコレクション。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1884392
August Pfizmaier, Sechs Wandschirme in Gestalten der vergänglichen Welt, Wien, 1847. スキャンNo.1-112がドイツ語訳、113-202が『浮世形六枚屏風』の原本ですが、原本は最終ページから始まっています。
http://reader.digitale-sammlungen.de/de/fs1/object/display/bsb10250414_00009.html
5. 小宮山博史「十九世紀の書籍における興味深い原版と復刻版比較三例」『真贋のはざま』東京大学総合研究博物館特別展、平成13年10月
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DPastExh/Publish_db/2001Hazama/05/5100.html
6. 「ウィーン版『浮世形六枚屏風』」、印刷博物館
http://www.printing-museum.org/collection/looking/01_05.html
7. 柳亭種彦作・歌川豊国画『浮世形六枚屏風』、文政4(1821)年、国立国会図書館デジタルコレクション。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2537601
8. ”AUGUSTUS PFIZMAYER”, The Athenaeum, British Periodicals Limited, April 25, 1846, pp.423-424. グーグル・サーチで実際のページが読めます。
https://books.google.co.jp/books?id=71tDAQAAMAAJ&pg=PA413&lpg=PA413&dq=Athenaeum,+April+25,+1846&source=bl&ots=iNt4JuVqOh&sig=NQU9lsfIwiyQDDIEFkgwsC9w7YY&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwj0xaOHwNPYAhXGzbwKHQ7iAkEQ6AEIKjAA#v=onepage&q=Athenaeum%2C%20April%2025%2C%201846&f=false
9. The American Oriental Societyについてのページ。
https://www.americanorientalsociety.org/about/
10. William W. Turner, “Account of a Japanese Romance: with an Introduction”, Journal of the American Oriental Society, Second Volume, 1849-50, George P. Putnam, New York and London, Hector Bossange, Paris, 1851, pp.28–54.
https://archive.org/details/journalamerican24socigoog
11. 佐藤文樹「『浮世形六枚屏風』の仏訳本:柳亭種彦の海外紹介」『ソフィア』18(2), 1969-11.
http://digital-archives.sophia.ac.jp/repository/view/repository/00000000847
12. ”THE SIX FOLDING SCREENS OF LIFE. AN ORIGINAL JAPANESE NOVEL”, People’s & Howitt’s Journal of Literature, Art, and Popular Progress, London, Willoughby & Co., 1851. 米国大学図書館協同デジタルアーカイブ、ハーティトラスト・デジタル・ライブラリー  http://catalog.hathitrust.org/Record/006061835
このサイトにFull views, 1 1849, 3 1850, 4 1851とありますから、最後のvol.4, 1851をクリックするとこの巻にアクセスできます。
13. 『近代日本文学大系 第19巻(柳亭種彦集)』、国民図書、大正15(1926)年、p.997.
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1020680