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2019-04-08

英米に伝えられた攘夷の日本(6-3-1)

君の友達のために今、何が言えるかい、リチャード!

キャプション:「君の友達のために今、何が言えるかい、リチャード!」
Scanned image by Philip V. Allingham; text by George P. Landow, Punch, 2 May 1857. (注1)

カントン砲撃についてのイギリス議会での論争:下院

 アロー号事件とカントン砲撃について、イギリス議会下院(庶民院)で、リチャード・コブデン(Richard Cobden: 1804-1865)が反戦の動議を提出しますが、上の『パンチ』の戯画はコブデン議員を揶揄しています。このようにメディアは戦争賛成の世論を形成していきます(注2)。下院での議論は1857年2月26日に始まり、2月27日・3月2日・3月3日と続いて、激しい議論が展開されます。まず動議を提出したコブデン議員の論点を紹介します。コブデンは貧しい生まれで、サラサ染め工場を始めて、お金を貯めると、29歳から35歳までフランス・ドイツ・スイス・米国・中近東を旅して、政治家になります(注3)

コブデン議員の論点

:上院の議論と重なる内容は除外し、特徴的な論点を抄訳します(注4)

  • 今我々は中国と戦争状態にあり、資産の甚大な破壊と荒廃が起こった。私が尋ねたいのは誰がこの戦争の作者か、そしてなぜこの戦争が始まったかという点である。中国のために尋ねるのではなく、我々自身の名誉を守るために尋ねる。この問題を弱小国ではなく、強国と交渉していると仮定して検討していただきたい。この国には政策を2つの方法で追求する傾向があることを私は屈辱的に思っている。一つは強者に対する方法、もう一つは弱者に対する方法である。これはイギリス人が生まれ持っている性格ではない。時には多少傲慢で高圧的で喧嘩を売るような傾向もあったが、弱者をいじめ、強者に対しては腰抜という性格は一度も持ったことがない。この問題について、中国とではなく、アメリカと交渉すると仮定して検討しよう。我々は中国と条約を結んでおり、この国との国際関係で、我々は完全に対等な立場である。
  • 最近提出された書簡に関して申したいことがある。このブルー・ブック[議会に提出される資料の呼称、(注5)]がなぜダービー伯爵がこの問題について話したその日の朝に議員のテーブルの前に置かれたのか、なぜ元首の名前で、「中国における侮辱に関する書簡」という揶揄する題名で提出されたのか? 私の経験からは、このブルー・ブックはあの朝、まさに我々を惑わす目的で置かれたのだと言いたくなる。多くの議員は単純な騙されやすい田舎紳士だから、ブルー・ブックに対して私のように貪欲ではない。彼らはこう言うだろう。「やめてくれ! 中国で我々が被った侮辱について、225ページも書いてある本だ。いい加減、クラレンドン卿がイギリスの権益を守るために仲介するべき時だ。この問題で必要なら戦争に行くのは全く正しい」。私はこの本を全部読んだが、1842年から1856年までの書簡の要領を得ない抜粋だ。暴動や村の紛争など。イギリス人が射撃のために居留地の外に出て、村人に野次られたとか。別のイギリス人が射撃に出かけて、男の子を撃ってしまい、その子が失明したとか。領事がその子に土地を買うための金200ドル与えたとか。これらに「中国における侮辱」という題名がつけられたのである。
  • リバプールの「東インドと中国協会」の商人たちが中国から何を求めているか、我が国の外務大臣に述べている。「イギリス政府は中国沿岸、航行可能な川の全港を外国貿易のためにいつでも開港し、その港に領事を配置し、我が国の戦艦がこれらの海岸と川を自由に航行する権利を主張すべきだ」。もっと身近なたとえで、お示ししよう。このような文書がモスクワから来て、中国ではなくトルコに対してだと想像してみてほしい。そうすると、こう読める。「ロシア政府はトルコ海岸、航行可能な川のあらゆる港を、いつでも外国貿易のために開港する権利、これらの港に領事を配置する権利、ロシア戦艦がトルコの全ての港と川に自由にアクセスし、航行する権利を主張すべきだ」。もしこのようなのがロシアから届いたら、リバプールで大暴動が起こるであろうことは想像できるはずだ。この紳士たち[リバプールの商人たち]の敵としてではなく、友人として言わなければならないことは、このような言い方は非難されるべきだ。なぜなら、商人階級に同情的な者を非常に不利な立場に置くからで、陸軍と海軍階級に関しても同様である。
  • あえて言うなら、世界に貿易がこれほど自由な大帝国はない。我々が中国で今享受しているのと同じ低関税の港を、1港でいいからフランス・オーストリア・ロシアに持てたらと願うばかりである。地球上で中国ほど貿易設備が優れている国はない。
  • リバプールの商人たちは何を望んでいるのか? 他に12港、暴力を使って開港させたら、貿易が増加すると思っているのか。先の戦争で実証済みだ。諸君、覚えているように、1842年の夏、この国には暗雲が垂れ込めていた。中国との条約の報告がこの国に届いた時、とてつもない期待が膨れあがった。ランカシャーの人が帽子を投げて「3億人の帝国で、北の港が自由に使えるようになり、中国人全員が我が社の綿ナイトキャップを買ったら、我が社の全工場は稼働が続けられる」と言った。我が国の輸出はどうなったか? 1842年以降、中国への輸出は全く伸びていないのである。
  • 輸入の方は伸びている。この輸入の大半はアヘンで支払われてきた。我が国のインドに対する輸入も伸びたと言われている。確かに、我が国の商人はインドにロングクロス[白綿布]を輸出し、それをアヘンと交換して、そのアヘンが中国に行き、代償として銀がインドや英国に行く。1842年の戦争が我が国の中国貿易を伸ばしたから、新たな戦争も同じような結果をもたらすと信じるなど、惑わされてはならない。現在、中国で行なっている戦争行為は我が国の貿易を増すどころか、減少させると私は予想している。
  • 諸君[パーマーストン政権]はフランスとアメリカが一緒になって、アロー号事件をもとに共通の[戦争]原因を作り上げることに参加すると思っているのか? アメリカ政府は今までに取られた方針を認めないと信じる。アメリカはこのような暴力的行動に参加しないと信じる。アロー号事件のような悪、卑劣、汚い事件に諸君の味方となって参加する人がいると思うのか? いずれ、諸君はこの事件を諦めなければならない。適切な時期に、諸君の下級代表者が不当にも諸君の名の下に起こした恥知らずの行動を認めないと言わなければならないだろう。
  • しかし、もしこの戦争が続くような場合、他の列強との間で複雑な問題に発展しないだろうか。アメリカとの間で厄介な問題に発展しないだろうか。アメリカの商人たちが即座に抗議したという。カントンのアメリカ・ハウスはこの戦争が予告なしに始められたことで、この戦争に反対の抗議声明を出し、彼らの資産に損害が起きた場合はイギリスにその責任を負えと主張した。諸君は今後について、どうしようというのか? カントンの壁の一部は知事が降伏すると予想して破壊された。諸君は市自体も爆撃したが、知事はまだ降伏していない。さて、諸君はどうしようというのか。
  • インドの新聞Friend of Indiaは併合の強力な提唱者だが、この新聞がジョン・ボーリング卿に、第二のクライブ[Robert Clive: 1725-1774、インドをイギリス領にした立役者の1人、(注6)]になれ、征服者になって、我々がインドを併合したように中国を併合せよと言った。中国における広大な領土獲得を他の列強が黙認すると思っているのか? アメリカ合衆国と中国との距離は、イギリスとの距離の半分でしかない。彼らは太平洋と大西洋の帝国を持っている。諸君が中国をインドにすることをアメリカが黙認するかはわからない。中国について多少知っている人は諸君が中国を併合できると信じているのだろうか? 中国は3億人の帝国だ。どうやって統治するのか? この問題を考えたことのある人は、諸君にそんなことができるとは夢にも思わないだろう。そうだとしたら、どうするつもりなのか?今までしたことを取り消すことを私は提案する。諸君が取れる最良の賢い道は、諸君の代表者の行為を認めないことだ。彼らは権威も指示もなしに行動したのだ。これが立派な政治家らしい、分別ある道だ。
  • 他の場所[貴族院]で耳にしたようなことを、本議会では耳にしないことを望む。それは中国人が野蛮人で、彼らとは武力で対応しなければならないという発言である。我々が望むものを手に入れるには、武力で強制しなければならないほど、中国人は野蛮だろうか? 中国帝国は世界最古の文明の唯一の遺物である。ある専門家によると、2,700年前に初等教育のシステムを持ち、アリストテレスの時代以前に論理学を持ち、ソクラテス以前に道徳規範を持っていたという。このような長期間、途切れることのない伝統と歴史の国である。2,000年前にローマ人にシルクやその他の豪華な品物を供給していたのである! 東洋における商業の魂そのもので、世界で最も豊かな国の一つだ。アジアで最も勤勉な国民で、東洋のアリというあだ名をもらったほどである。この人々はスコットランド人とスイス人の特徴である勤勉さと努力をもって、外国でも一生懸命な働きを続ける様を我々は見ている。彼らが本国で野蛮でないのは、芸術と科学全般を磨き、ただ1点を除き、完璧の域に達していたからだと我々は知っている。1点だけ我々以下なのは、戦争である。このような人々には尊敬に値するものがある筈だ。彼らについて話すときに、野蛮人と汚名を着せるなら、そして、彼らが理性に到達していないという理由で、武力で脅すなら、それは我々が彼らを理解していないからであり、彼らのやり方が我々のやり方と違うからに違いない。このような敬うべき帝国は同情に値しないだろうか。保守的イギリスの手によって、少なくとも多少の正義に値しないだろうか。

コブデン氏の動議

  • 珠江において英国と中国当局の間に起こった衝突について、下院は懸念をもって聞いた。
  • 1842年条約の不履行に関して、中国政府が我が国にどの程度の苦情の原因を与えたかの意見は表明しないが、会議に提出された文書には、アロー号事件においてカントンに対して振るわれた暴力的手段の根拠が示されていないと下院は考える。
  • 我が国と中国の商業的関係状況を調べるために特別委員会を設置する。

この動議文は上院のダービー卿の動議文(6-2-1参照)に比べて、曖昧で、この後、反論を展開した議員、ヘンリー・ラボシェール(Henry Labouchere: 1798-1869)に「下院に提出された動議の中で最も曖昧で不明瞭なもの」と批判されます。

キャプション:「コブデニズム」、Punch , 14 March 1857.(注7)
Scanned image and text by Philip V. Allingham

 コブデンの議論はA4ページにすると、14ページに及ぶ長い熱弁ですが、上の『パンチ』の戯画は「コブデニズム」と題され、コブデンの中国擁護はメディアに揶揄されています。

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1. “What Can You Say For Your Friends Now, Richard?” (Punch, 2 May 1857), The Victorian Web, 12 April 2004. http://www.victorianweb.org/periodicals/punch/34.html
2. Phillip V. Allingham “The China Question in Punch, January to June 1857”, The Victorian Web, 12 April 2004. http://www.victorianweb.org/periodicals/punch/pva319.html
3. “Richard Cobden”, Britannica Online Encyclopedia
https://www.britannica.com/biography/Richard-Cobden
4. 「決議の動議。討議の延会」下院(庶民院)、1857年2月24日、イギリス議会アーカイブ
”Resolution Moved. Debate Adjourned.”, House of Commons, 26 February 1857.
https://api.parliament.uk/historic-hansard/commons/1857/feb/26/resolutions-moved-debate-adjourned#S3V0144P0_18570226_HOC_24
5. Paul Boswell, “Guide to British Government Publications in the Library of Congress”, revised and updated by Charles Bean, Serial and Government Publications Division Library of Congress, January 1995, p.3: “the Blue Books, or Parliamentary Papers”.
https://www.loc.gov/rr/news/boswell.html
6. “Robert Clive”, Britannica Online Encyclopedia
https://www.britannica.com/biography/Robert-Clive
7. “Cobdenism”, Punch (14 March 1857): 103, The Victorian Web.
Last modified 12 April 2004.
http://www.victorianweb.org/periodicals/punch/44.html