toggle
2020-08-09

英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-4-13-1)

ドイツではナチの残虐性を追求した小説とその映画(2019)が評判になり、日本でも公開されたのに、南京虐殺の記録を基にした映画(2009)は公開されず、日本の自国の歴史に向き合う姿勢が問われます。

残虐行為に目をつむり、沈黙するのは共犯だ

2020年5月26日から始まり、7月に入っても続いている人種差別反対デモが、欧米を中心に”Black Lives Matter”を掲げて広がり、「人種差別に沈黙するのは『共犯だ』と多くの白人の抗議者が言う」(注1)と話題になっています。これだけの世界的デモになったのも、アフリカ系アメリカ人が白人警官に殺される現場(2020年5月25日、ミネアポリス)の映像が拡散したことから人種差別の残虐性に人々、特に人種を超えた若い世代が気づき、人種差別反対の輪が広がったようです。撮影したのは、殺害現場の証人となった17歳の女性で、逃げ出したいほどの残虐性に耐えて撮影し、それをSNSに載せたから、17世紀から続く黒人差別に人々を覚醒させ、「なかった」と否定できない証拠にしたのです(注2)。この人種差別反対デモはアメリカでは南北戦争と奴隷制度まで遡り、小説と映画『風とともに去りぬ』も批判され、イギリスでは帝国主義時代に遡って、奴隷制度で大富豪になった人物の銅像を破壊し、チャーチルも人種差別者だったと批判され始めています(注3)。不思議なのは日本でも帝国主義時代から続く人種差別問題があり、最近は「嫌韓、嫌中」という語ができるほど、韓国・中国・在日の人々に対する差別が広まっており、アイヌの人々や沖縄に対する差別も根強くある国なのに、黒人への差別に抗議する小規模なデモしかなかったようです(注4)

日本軍による残虐行為

 1937年クリスマス・イヴのNYタイムズに「南京虐殺」の詳細が報道されましたが(6-7-4-12参照)、日本国内では新聞報道はもちろん、これらの海外の新聞・雑誌も「内務省警保局が発禁処分にしたり削除などして、日本国民にはいっさい知らせないようにして」いました((注5), p.22)。1937年12月24日のNYタイムズに掲載されたのはアメリカ人ミッショナリーからの報告でしたが、同時期に「南京安全区国際委員会」委員長をしていたドイツ人のジョン・ラーベが1937年12月13日から南京を去る1938年2月23日までの出来事を克明に記録していました。この日記は第1級の資料だとされています((注6), p.371)。残虐な殺人が日本軍によって行われたことは、元日本兵の証言と中国内で行われた軍事裁判の記録とも重なります。80年以上経った現在でも、南京事件/虐殺はなかったと公言する政治家や著名人が後を絶たないので、まず当時の日本の同盟国の証言者が何を報告しているか知る必要があると思います。目を覆いたくなる内容ですが、目を覆ったら「なかった」という人々と共犯になります。

南京のシンドラー、ジョン・ラーベ

 ジョン・ラーベ(John Rabe: 1882-1950)は1908年から中国でビジネスマンとして暮らし、1931年からジーメンス社の南京支社長として1938年2月23日にベルリン本社に呼び戻されるまで日本軍が南京で何をしたかを克明に日記に記録しました。南京在住の外国人による「国際委員会」が1937年11月22日に市民のために中立区域設定を決め、ラーベは「南京安全区国際委員会」の委員長に選ばれ、南京を去るまで中国人難民を日本軍から守るために奔走します。ラーベはドイツに帰国後、この「日記を清書し、資料とあわせて八百ページからなる二巻本にまとめ、『南京爆撃』と名づけた」((注6), p.19)そうですが、日の目を見たのは1995年にラーベの孫が駐中国大使だった歴史学者のヴィッケルトに連絡したからといいます(pp.379-380)。

 2009年には映画『ジョン・ラーベ〜南京のシンドラー』(独・仏・中国合作)ができましたが、日本では配給会社がつかず、市民による自主上映会以外は未公開で、現在の日本の恐ろしさを表しているようです。救いは日本側の出演者が「香川照之、井浦新(ARATA)、柄本明、杉本哲太」などの演技派の人気俳優であることです。その他アメリカ人俳優、ドイツ人俳優も人気演技派俳優たちだそうです。ドイツ人監督は海外で評判になったこの映画が肝心の日本で上映されないことについて、「日本とドイツでは歴史的責任や罪に対する姿勢に異なる部分があると考える」「日本の文化の中では、過ちや失敗に向き合い、前向きに議論することが難しいように感じる」と述べています(注7)。これでは、罪の意識も持たずに、同じ過ちを繰り返す国にならないでしょうか。

戦争犯罪をなかったことにする日本と追求し続けるドイツ

 この点で、ナチの残虐行為を追求したドイツ映画『コリーニ事件』(2019)は2020年6月〜7月に大手の映画館で上映されているのが対照的です。自国の残虐行為を追求した映画は上映させない(現実には配給会社の自粛)が、ドイツの映画は問題ないという日本の対応にも、過去の過ちを繰り返す国なのかと危機感を持ちます。『コリーニ事件』の原作について、『ガーディアン』紙が「ドイツの一流作家が新作で自分の祖父のナチの過去と対峙」(2011年9月7日、(注8))という記事で紹介しているので、抄訳します。

フェルディナンド・フォン・シーラッハ(Ferdinand von Shirach: 1964-)がその名高い苗字にもかかわらず、ドイツのトップの作家になったというのは公平な見方だろう。彼の祖父、バルドゥール・フォン・シーラッハ(Baldur von Shirach: 1907-1974)はヒトラーユーゲントを指揮したナチ党員で、後にニュールンベルグ裁判で人道に対する罪で禁固20年の判決を受けた。(中略)2年前にフォン・シーラッハ・ジュニアがドイツのベストセラー・リストを独占し始めて、弁護士から作家に転じた47歳の彼は最新作で自分の祖父を基にしたキャラクターを含めることによって、自分の祖先と対峙することにした。彼はインタビューの中でこう言っている。「私のような名前と共に育ったら、遅くとも15歳か16歳には、いくつかの基本的な疑問を自分に問いかけ、生き続けられるような非常に基本的な答えを見つけなければなりません。それは自分の責任です」。

 フォン・シーラッハの最新作『コリーニ事件』は、ファブリツィオ・コリーニというイタリア人の殺人者を弁護することになった若い弁護士カスパー・ライネンがなぜコリーニがドイツ人ハンス・マイヤーを殺したのかを探るミステリーだ。[調査の中で]被害者のマイヤーがカスパーの子供時代の恩人で父親のような存在だったことがわかる。カスパーは葛藤するがこの訴訟事件を引き受け、調査の結果、マイヤーが第二次大戦中にイタリアのパルチザンを射殺したことを発見する。この小説はドイツが過去とどう向き合うかの過程を描く。同時にホロコーストの後に生まれた世代が感じる罪の意識にも向き合う。

 フォン・シーラッハは『シュピーゲル』誌に今週寄稿し、自分の祖父が何者だったか知った日のことを書いている。「私が12歳の時、歴史教科書に祖父の写真が掲載されていて、『バルドゥール・フォン・シーラッハ、ヒトラーユーゲントの指導者』と書いてありました」。彼は教養もあり、博識の祖父がなぜヒトラーと会ったあと、18歳でナチ党に入党したか理解できなかった。その後、ホロコーストがいかに始まったのか理解しようとして、ニュールンベルグ裁判記録を読み、彼の祖父がいかにウィーン中央駅から数千人のユダヤ人の追放を組織したかについて読んだ。

 映画の中で、カスパーが黙秘を続ける殺人者コリーニの殺人動機を探るうちに、ドイツ刑法の共犯規定に行き当たります。上司が殺人命令を下し、部下が「個人的な動機なしに『命令だから』と実行した」場合、旧刑法では上司と同様部下にも終身刑が科されていましたが、1968年の法改正で共犯者は減刑になりました。これに伴い、「大量のナチ犯罪の公訴時効が『1960年に成立していた』ことになってしまった」のです。そして、「『親衛隊大隊指導者』という重要な役職にあったハンス・マイヤーが、裁判にすらかけられない」(注9)ということになりました。大戦中にマイヤーに父親を目の前で殺されたコリーニが、法が裁いてくれないなら自分の手でと、マイヤーを探し出して殺し、動機について沈黙する中で、カスパーが法律の欠陥に気づき暴きます。この小説が指摘したことが「ドイツ国家を揺るがし、2012年1月には、ドイツ連邦法務省が『過去再検討委員会』を設置する」ことになったそうです(注10)

ラーべの報告

 ラーベの記録からクリスマス・イヴまでの日本軍の残虐性を示すいくつか例を拾い、ラーベのコメントも加えます。

*1937年12月13日:

メインストリートにたくさんの市民の死体が転がっていた。中国軍の三部隊を見つけて武装解除し、助けることができた。我々はまだ希望を持っていた。完全に武装解除していれば、捕虜にはなるかもしれないが、それ以上の危険はないだろう。

 町を見まわってはじめて被害の大きさがわかった。百から二百メートルおきに死体が転がっている。市民の死体は背中を撃たれていた。多分逃げようとして後ろから撃たれたのだろう。

 日本軍は十人から二十人のグループで行進し、略奪を続けた。それは実際にこの目で見なかったら、とうてい信じられないような光景だった。彼らは窓と店のドアをぶち割り、手当たり次第盗んだ。日本のパトロール隊を呼び止め、この土地はアメリカのものだからと、略奪兵を追い払うように頼んだが、相手は笑うだけでとりあおうとしなかった。

 [中国人]元兵士千人ほどを収容していた最高法院の建物から500人ほどが連行され、機関銃の射撃音が幾度も聞こえたので、銃殺されたに違いない。あんまりだ。恐ろしさに身がすくむ(pp.122-124)。日本兵は私の家にも何度もやってきたが、ハーケンクロイツの腕章を突きつけると出ていった。アメリカの国旗は尊重されていないようだ((注6), p.125)。

*1937年12月15日:

関口鉱造少尉と日本大使館官補の福田篤泰氏来訪。日本軍最高司令官[松井石根]宛の要望書を渡す。「南京安全区国際委員会はすでに武器を差し出した中国軍兵士の悲運を知り、大きな衝撃をうけております。(中略)捕虜に対する標準的な法規に鑑み、ならびに人道的理由から、これらの元兵士に対して寛大なる処置を取っていただくよう、重ねてお願いします。捕虜は労働者として役に立つと思われます」(pp.126-127)。

 恐ろしい知らせが待っていた。今度は1,300人が捕らえられ、私たちが助けようとしたが、100人ほどの武装した日本兵に取り囲まれ、連行されて銃殺されるのだ。人々が獣のように追い立てられていくのを見るのは身を切られるようにつらい。だが、中国軍のほうも、済南で日本人捕虜を2,000人銃殺したというのだ(pp.129-130)。

 ロイター通信のスミス氏の講演:12月14日の昼頃から、連隊徽章を外した日本兵が6人から10人の徒党を組んで、家から家へと略奪を繰り返した。中国兵の略奪は主に食料に限られていたが、日本兵は見境なしで、彼らは組織的に、徹底的に略奪した(p.132,原文強調)

*1937年12月16日:

いま、ここで味わっている恐怖に比べれば、いままでの爆弾投下や大砲連射など、ものの数ではない。いまや略奪だけでなく、強姦、殺人、暴力がこの安全区のなかにもおよんできている(p.134,引用者強調)。

*1937年12月17日:

昨晩は1,000人も暴行されたという。金陵女子文理学院だけでも100人以上の少女が被害にあった。いまや耳にするのは強姦につぐ強姦。夫や兄弟が助けようとすればその場で射殺。見るもの聞くもの、日本兵の残忍で非道な行為だけ(p.139)。

*1937年12月18日:

最高司令官がくれば治安がよくなるかもしれない。そんな期待を抱いていたが、残念ながらはずれたようだ。それどころか、ますます悪くなっている。危機一髪。日本兵が数人、塀を乗り越えて入りこんでいた。なかの一人はすでに軍服を脱ぎ捨て、銃剣をほうり出し、難民の少女におそいかかっていた。私はこいつをただちにつまみだした。鼓楼病院でも看護婦が何人か暴行にあっていた(pp.142-144)。

*1937年12月19日:

難民収容所から助けを求める請願書が来た。「540人の難民収容所に13日から18日にかけて、3人から5人の日本兵グループに何度も押し入られ、何もかも持って行かれました。比較的若い女性たちは毎夜連れ去られます。トラックにのせられ、翌朝になってようやく帰されるのです。これまでに30人以上が暴行されました。女性や子どもたちの悲鳴が夜昼となく響き渡っています」(p.145)。

*1937年12月20日:

大阪朝日新聞の守山特派員が訪ねてきた。ドイツ語も英語も上手で、あれこれ質問を浴びせてきた。私は思っているままをぶちまけ、どうかあなたのペンの力で、一刻も早く日本軍の秩序が戻るよう力を貸してほしいと訴えた。守山氏はいった。「それは是非とも必要ですね。さもないと日本軍の評判が傷ついてしまいますから」(p.148)。

*1937年12月21日:

日本軍が街を焼きはらっているのはもはや疑う余地はない。たぶん略奪や強奪の跡を消すためだろう。昨夜は市中の六ヶ所で火が出た。アメリカ人は非常に苦労している。私の場合は、ハーケンクロイツの腕章やナチ党バッジ、家と車のドイツ国旗をこれ見よがしにつきつければ、いちおうのききめはあったが、アメリカ国旗となると、日本兵は歯牙にもかけない。トリマー[鼓楼病院所属]やマッカラムはなんと鼓楼病院で狙撃されたのだ。我々外国人に銃口が向けられたということが、そもそも言語道断だ。これでは、アメリカ人の堪忍袋の緒が切れてしまうのもむりはない(引用者強調)。しかもかれらは何千人もの婦女子を自分たちの大学に収容して面倒をみているのだ。

 われわれの収容所にいる中国人のだれかが、妻か娘を強姦されたといって日本兵を殴り殺しでもしたら、一巻の終わりだ。安全区は血の海になるだろう。

 突然トラックが何台もやってくる。それから略奪、放火の順だ。外国人が全員鼓楼病院に集結して、日本大使館へデモ行進を行った。アメリカ人14人、ドイツ人5人、白系ロシア人2人、オーストリア人1人。日本大使館あての手紙を手渡し、人道的立場から3点要求した。「1.街をこれ以上焼かないこと;2.統制を失った日本軍の行動をただちに中止させること;3.食糧や石炭の補給のため、ふたたび平穏と秩序がもどるよう、必要な措置をとること」。われわれは日本軍の松井石根司令官と会談した(引用者強調)。大使館では領事が1点目は否定し、2点目は軍当局と話し合うと約束し、3点目は耳を貸さなかった(pp.149-152)。

*1937年12月22日:

軍の放火はやまない。仲間と安全区の中を片づけていたら、市民の死体がたくさん沼に浮かんでいるのをみつけた(たった一つの沼だけで30体はあった)。ほとんどは手をしばられている。中には首のまわりに石をぶらさげられている人もいた(p.154)。

*1937年12月23日:

総領事館警察の高玉清親氏が来宅。外国人が受けた物的損害の一覧表を作ってもらいたいとのこと。ドイツ人の家で略奪にあったのは38軒。だが、アメリカ人の被害ははるかに甚大だ。全部で158軒にものぼる。高玉氏は「警官の数が足りないので、兵隊の乱暴を抑えることができない」といった。

 棲霞山の難民14,000人の日本当局宛の請願書によると、あちらでも日本兵が乱暴の限りを尽くしているのだ(引用者強調、pp.156-158)

*1937年12月24日:

鼓楼病院にクリスマス・プレゼントを持って行くと、ウィルソン先生が患者を見せてくれた。顔じゅう銃剣の傷だらけの婦人、全身にやけどを負った男性はガソリンをかけられて、火をつけられたのだ。遺体安置室にも行った。民間人でガソリンをかけられた死体、銃剣の傷を4箇所受けた7歳くらいの男の子の死体もあった。

 クリスマス気分どころではないが、この残虐さをぜひこの目で確かめておきたいのだ。いつの日か目撃者として語ることができるように。これほどの残忍な行為をこのまま闇に葬ってなるものか!(引用者強調)(pp.158-159)

印刷ページを開く

   [ + ]

1. “Silence on racism is ‘complicity,’ many white protesters say”, The Japan Times, June 8, 2020
https://www.japantimes.co.jp/news/2020/06/08/world/silence-racism-police-white-protesters/#.XvB0pi3CPfY
2. Dorothy Brown “George W. Bush finally steps onto the right side of history”, CNN, June 3, 2020.
https://edition.cnn.com/2020/06/03/opinions/george-w-bush-steps-onto-the-right-side-of-history-brown/index.html
3. 渡辺丘、鵜飼啓「南北戦争もコロンブスも BLMが問い直す差別の側面」『朝日新聞DIGITAL』2020年6月16日
https://digital.asahi.com/articles/ASN6H3PLYN6DUHBI002.html
*「【反人種差別デモ】倒され、落書きされ・・・標的になった各地の像」BBC, 2020年6月12日
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-53004323
*ショーン・コクラン「英オックスフォード大学のコレッジ、植民地政治家の石像を撤去する意向」BBC, 2020年6月18日
https://www.bbc.com/japanese/53088031
*佐藤美鈴、平畑玄洋「『風とともに去りぬ』批判のわけ 奴隷制を錯覚させる?」『朝日新聞DIGITAL』2020年6月25日
https://digital.asahi.com/articles/ASN6S66DJN6RUCVL005.html渡辺丘、鵜飼啓「南北戦争もコロンブスも BLMが問い直す差別の側面」『朝日新聞DIGITAL』2020年6月16日
https://digital.asahi.com/articles/ASN6H3PLYN6DUHBI002.html
*「【反人種差別デモ】倒され、落書きされ・・・標的になった各地の像」BBC, 2020年6月12日
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-53004323
*ショーン・コクラン「英オックスフォード大学のコレッジ、植民地政治家の石像を撤去する意向」BBC, 2020年6月18日
https://www.bbc.com/japanese/53088031
*佐藤美鈴、平畑玄洋「『風とともに去りぬ』批判のわけ 奴隷制を錯覚させる?」『朝日新聞DIGITAL』2020年6月25日
https://digital.asahi.com/articles/ASN6S66DJN6RUCVL005.html
4. 「黒人男性暴行死 大阪でも約1000人が抗議デモ 人種差別解消訴え」『毎日新聞』2020年6月7日 https://mainichi.jp/articles/20200607/k00/00m/040/169000c
5. 笠原十九司『増補 南京事件論争史』平凡社ライブラリー、2018.
6. ジョン・ラーベ、平野卿子(訳)『南京の真実』(ドイツ語原著と同時出版、1997)、講談社文庫、2000.
7. 林るみ「南京事件を描いた『ジョン・ラーベ』、5年がかりで公開」『論座』2014年07月24日 https://webronza.asahi.com/culture/articles/2014072300010.html
8. Helen Pidd, “Top German author confronts with his grandfather’s Nazi past in his new book”, The Guardian, 7 Sept. 2011.
https://www.theguardian.com/books/2011/sep/07/german-author-grandfather-nazi-past
9. 木村草太「法を作るのは社会」、映画『コリーニ事件』プログラム
10. 壬生智裕「『コリーニ事件』が突いたドイツ司法の問題点」『東洋経済ONLINE』2020/05/21.
https://toyokeizai.net/articles/-/351580