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2020-06-16

英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-4-7)

パナイ号事件から1週間経過しても、『ニューヨーク・タイムズ』は第一面から詳細に報道しています。駐米日本大使がアメリカのコマーシャル・ラジオでアメリカ国民に直接謝罪したこと、その文言が議会で問題にされます。

『ニューヨーク・タイムズ』のパナイ号事件報道7日目:1937年12月19日(注1)

  • 「裕仁がパネイ号の事実を知った;彼は大統領に答えるかもしれない;[日本の]文書は船が機銃掃射されたことを否定;合衆国はアメリカの権利に関する日本の明確な保証を求める—パナイ号爆撃をめぐって依然緊張状態—更なる合衆国船員死亡—青島の混乱がオーガスタ号を中国に留める」:ワシントン発、12月18日(pp.1, 38)
  • 「合衆国が攻撃をリストにする—日本は発動機艇はパナイ号を機銃掃射しなかったと回答するだろう—首相は謝罪を強調—陸軍は新たな[謝罪]文に反対—上海の司令官たちは今も公式データを持っていることを否定」:AP通信、東京発、12月19日(pp.1,37, 38)

 裕仁天皇は昨日、驚くべき閣議の後、近衛首相からアメリカ船の砲撃に関する詳細を受けた。政府高官によると、天皇は大統領の文書の概要は以前受け取っていたが、全容の詳細が天皇に提出されたのは初めてだ。

政府内の文民閣僚と軍閥閣僚との闘争

 政府の中枢で文民メンバーと軍メンバーとの間で闘争があるという兆しがある。消息筋が言うところでは、陸軍と海軍は合衆国を満足させるために十分したと主張している。広田弘毅外務大臣は孤軍奮闘して、政府が軍をコントロールする努力の直近段階でさらなる譲歩を取り付けようとしていると言われている。

 内閣の全閣僚が近衛首相の公邸で2時間の会議をした。広田外相は事件について、アメリカの反応を含めて詳細な報告をし、閣僚たちは心配していたという。アメリカの抗議に対する日本の回答が準備され、広田氏は内閣にその内容を説明した。この会議は水曜と木曜[12月22,23日]の内閣と裕仁天皇が臨席する大本営との合同会議に必要な準備を終えた。

長谷川清中将が処罰される

 第三艦隊の司令長官であり、中国における海軍作戦チーフの長谷川清中将が、パナイ号を海軍の飛行機で爆撃した結果として、他のポストへの異動のため召還させられたと報告された。消息筋によると、長谷川中将は事件の「全責任」を取ると表明した通り、辞表を提出したが、受理されなかった。他の情報によると、長谷川中将はすでに、あるいは間もなく、司令長官から静かに外されるという。

  • 「南京の外国人グループの役割に賞賛—包囲の間中[南京に]留まり、生命の危険に晒されながら負傷者と避難民を救助—グループは[中国人の]市当局者が逃げた後、市政を担う—グループ長はドイツ人—流れ弾による被害」:F.ティルマン・ダーディン、上海発、12月18日(pp.1, 38)
  • 「日本は南京暴虐を抑える—いまだに続いている虐殺を止めるため最高司令部が厳しい措置—部隊の行為を認める—責任将校たちは松井を蚊帳の外に置こうとする—文民政府は狼狽—外国人は虐殺の証人—日本の希望に打撃」(p.37)
  • 「カメラマンが撮った多くのパナイ号[爆撃の]写真—砲艦攻撃の最中の『野外演習』の後の映画とスチール写真」(p.37)
  • 「反日組織が中国の結集を求める—蒋介石が和平交渉決裂の結果、辞任の考えを放棄する模様」(p.37)
  • 「日本が『詳細不足』—当局者は依然パナイ号に関する報告を受けていないと主張」(p.37)
  • 「日本はフィリピン略奪を狙っていると見られる—ケソン[大統領]の政治的対抗者、ガンシー博士が合衆国の保護の継続を求める」(p.37)
  • 「英国は軍艦を東洋に送る計画を否定—しかし中国に移動すればかなりの艦隊になる」(p.37)
  • 「日本は次の動きの前の停止状態—空爆は南京を越えた揚子江沿岸で広範囲に続く」(p.37)
  • 「[日本の]内閣の計画は秘密」(p.37)
  • [アメリカの]市民グループが日本のボイコットを要求—50組織の会見で大規模デモも提案—世界的運動を提唱—消費者は特に絹製品全てを購買しないよう要求」(p.38)
  • 「我が国の東洋との貿易は1936年総計を越えた—特に日本が燃料、潤滑油、その他の戦争に必要なものを以前より購入」(p.39)

『ニューヨーク・タイムズ』のパナイ号爆撃報道8日目:1937年12月20日(注2)

  • 「橋本大佐がパナイ号機銃掃射を命令した;1936年東京の陸軍クーデター[二・二六事件]で政治的影響力が首謀者の処罰を止めた」(p.1)
  • 「青島の危機—日本の資産の破壊後に海軍の攻撃の恐れ—合衆国軍艦3隻が入港—港は封鎖と報道—綿工場の損失は2億5000万円」:AP通信、上海発、12月20日(p.1)
  • 「パナイ号は機銃掃射されたと東京が認めた;駐米日本大使がラジオで謝罪—外務省スポークスマンがパナイ号撃沈前の機銃掃射を否定したことを撤回した—斎藤[駐米大使]が事件を『ショッキングな失態』と考える」:ヒュー・バイアス『ニューヨーク・タイムズ』特派員、東京、12月20日(pp.1, 18)

 外務省スポークスマンが12月12日に合衆国砲艦パナイ号が南京上流の揚子江上で機銃掃射され、沈没する前に日本軍兵士が乗船したことを金曜日[12月17日]に全面否定したのを今日撤回した。逃走する中国兵を捕らえるために蕪湖から来た陸軍の発動機艇が空爆されたパナイ号を機銃掃射し、沈没直前の船に日本兵が乗り込んだことをスポークスマンは認めた。掃射を始めたのがパナイ号か日本軍かはここ東京ではまだ確定していないと彼は言った。

 この日早くにこのスポークスマンは別の陸軍発動機艇がパナイ号に行き、司令官が表敬訪問のためにパナイ号に乗船したと言った。スポークスマンによると、この事実が後の攻撃が意図的ではなかったことを証明する。上海の合衆国総領事クラレンス・E.ガウス[Clarence E. Gauss: 1887-1960]が12月11日正午にパナイ号の停泊位置の変更を日本総領事岡本季正に知らせたとスポークスマンは指摘した。前線は緊迫し混乱していたので、この情報が前線に伝えられる前にパナイ号が砲撃されたと彼は主張した。

 彼は付け加えて、中国における海軍の飛行部隊長、三竝貞三少将の召喚が課せる最高の道義的処罰で、日本の将校全員にそう理解されると言った。

物議をかもした斎藤博駐米日本大使のラジオ談話

訳者注:ヒュー・バイアス特派員の記事の最後に、斎藤大使が12月19日(日曜)にワシントンからNBCラジオでパナイ号事件に関する日本政府の見解を語ったスクリプトが掲載されています。この放送に対し、上院議員が問題にし(12月20日)、また、『ニューヨーク・タイムズ』の投書欄(12月23日)に反対意見が掲載され、それに対してラジオ・プログラム製作会社の社長の反論が12月25日の投書欄に掲載されました。それらの主要点をここで紹介します。日本に報復すべきという世論も大きくなっていたような時期の論争です。

12月19日:

 斎藤大使のスピーチは次のように始まっています。「先週日曜日の日本海軍の飛行機による揚子江上のアメリカ砲艦パナイ号とスタンダード石油の船3隻への攻撃はショッキングな失態(shocking blunder)でした。日本政府と国民はこの不運な出来事について、言葉に表せないほどの悲しみを感じています」。この後は日本政府に代わって謝罪する、失われた命は取り返せないが、補償と今後同様の「失態」が起こらないようにあらゆる方策を取る、攻撃した責任者は処罰されるという内容です。

 ただ、このスピーチの始め方が「失態」または「ヘマ」という意味の言葉を使ったことは、日本側の内輪の視点が先に来たスピーチという印象で、アメリカ人にはカチンと来るだろうなと思いました。案の定、これが取り上げられ、『ニューヨーク・タイムズ』に以下の記事が載りました。

12月20日:「斎藤[駐米大使]の話が批判された—コナリーは斎藤のラジオ談話は政府から承認を得るべきだったと言った」(ワシントン発、12月20日、12月21日掲載、(注3), p.19)

 テキサスのトム・コナリー上院議員は、日本大使齋藤裕が昨夜短いラジオ談話の中でパナイ号攻撃を「ショッキングな失態」(shocking blunder)と言ったことの適切性を問題にした。「このような声明を政府の部署のチェックを得ずに外国の大使が我が国の国民に直接話すというのは非常に珍しい手順だ」。

12月21日:「投書欄—外交的不謹慎—その他、繰り返しを防ぐ方法」(12月21日付投書、12月23日掲載、(注4), p.20)

 「市民として私は日本大使によるラジオ放送に抗議したいと思います」と始まる投書が問題視しているのは、大使の談話の最後がアメリカ国民に直接訴えている点です。12月20日に掲載されたスクリプトによると、斎藤大使は「上海の航空隊の指揮をしている海軍将校は解任され、母国に召喚されました。その他の必要なことは全て採られましたし、今後も採られますから、今後、外国人全ての安全と権益の保証が確約されます」と締めくくっています。

 この文章を投書者は大使がアメリカ国民に直接保証したと読み取り、アメリカ世論に影響を与えて正式の交渉に損害を与える目的であることは明らかだと非難しています。投書者はアメリカ政府が大使に対して何かのアクションをすべきだと言っているのではないと断りながら、国務省に確かめたところでは、この放送の前に原稿が国務省の許可を得るために提出されていないと指摘します。「大使の不謹慎な行為について昨日(20日)の上院で呟かれた慎重なコメントは、国務省が『疑いなく全く立派で、本当に疲れ果てている紳士』(原文強調)に厳しく対応する気持ちはないことが反映しているかもしれません」と述べた上で、NBCラジオとコマーシャルのスポンサーは法律違反の対象だと批判します。引用している法律によると、合衆国との紛争に関して外国政府、その官僚やスパイとの通信や話を外国政府の行為か手段に影響を与える意図で放送することを禁じていると主張します。そして、放送局とスポンサーが「他国の大使が論争になっている問題についてコミュニケーションを発するために、政府の機能を奪ったのはためにもならないし、不法だ」と非難しています。

12月23日:「斎藤大使のスピーチ—ラジオ・プログラムのプロデューサーが自己の見解を述べる」(12月23日付投書、12月25日掲載、(注5), p.14)

[以下は抄訳です]

 アメリカの商業放送スポンサー制度がヨーロッパの一部で行われているような政府の独占より望ましいかどうかについて、ここで論じるのは的外れです。我々のエナジン・ニュースリール・プログラムは商業ラジオ制度の元に運営しています。この放送をその日のニュースの鏡とするために、斎藤大使はこのプログラムに登場するよう招待されました。これは、ある程度話す新聞であり、脚色やごまかし、または改ざんは一切ありません。なぜなら、ニュースの唯一の目的は実際の当人に自らの声で自らの見解を述べてもらうことだからです。

 斎藤大使の謝罪は多分アメリカ世論に影響を与える目的だったでしょう。この国の外交官が出す声明のほとんどはその意図があります。その声明が新聞で広まるにしろ、ラジオ・プログラムやスポンサー付き商業放送の一部として広まるにしろ。(中略)ヴァン・アンダ氏[12月21日付投書者]はお気づきになっていないかもしれませんが、大使の話のすぐ後に以下の声明がアナウンサーによって読み上げられました。(中略:ハル国務長官の日本宛抗議文と、アメリカ政府はまだ日本から公式の返答を受け取っていない事実)

 我々のアメリカ放送システムの下では、外国大使、アメリカ政府の閣僚、あるいは国民にとって関心のある内容を話す人は誰でも、コマーシャル・プログラムに登場することによって大多数の人の耳に届きます。彼らの登場がその時間を払っている製品の推奨を意味するものではありません。(中略)日本大使の声明を彼の口を通して放送するのと、新聞で引用するのと、あるいは、ニュース映画のサウンドトラックを劇場で聞くのと、法的にも道徳的にも基本的な違いがあるとは感じていません。

訳者コメント:斎藤大使のラジオ放送がアメリカ人に違和感をもって受け止められた一つの理由は、「ショッキングな失態」という表現だったようです。パナイ号事件の重大さを知れば、この斎藤大使の言動にはアメリカ人でなくとも驚きです。日本軍内部では「失態」と理解されても、被害国に対しては「見誤って爆撃してしまい、申し訳ない」という趣旨の広田外相の謝罪文にしておけば良かったのに、言葉の選択で更に事態を悪化させてしまったようです。これ以前に斎藤大使の対応で驚いたことがあります。事件発覚当初に斎藤大使がハル国務長官に謝罪に行く時の写真を見た時の違和感です。12月14日付『ニューヨーク・タイムズ』のp.18に大きく掲載されているのはハル長官のオフィスの外のソファにふんぞり返って座り、手にタバコを持ち、足を組んで、微笑んでいる斎藤大使です。キャプションは「日本大使がハルに謝罪するために待っている」というので、このボディー・ランゲージはないだろうなと思いました。

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1. The New York Times, December 19, 1937.
https://timesmachine.nytimes.com/timesmachine/1937/12/19/issue.html
2. The New York Times, December 20, 1937.
https://timesmachine.nytimes.com/timesmachine/1937/12/20/issue.html
3. The New York Times, December 21, 1937.
https://timesmachine.nytimes.com/timesmachine/1937/12/21/issue.html
4. The New York Times, December 23, 1937.
https://timesmachine.nytimes.com/timesmachine/1937/12/23/issue.html
5. The New York Times, December 25, 1937.
https://timesmachine.nytimes.com/timesmachine/1937/12/25/issue.html