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英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-4-7)

パナイ号事件から1週間経過しても、『ニューヨーク・タイムズ』は第一面から詳細に報道しています。駐米日本大使がアメリカのコマーシャル・ラジオでアメリカ国民に直接謝罪したこと、その文言が議会で問題にされます。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-4-6)

南京虐殺を伝える記事と、日本軍によるアメリカ砲艦パナイ号とイギリス砲艦レディーバード号攻撃の米英の反応、日本製品ボイコット運動などが報道されます。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-4-5)

パナイ号事件に関するアメリカ政府の厳しい抗議文は日本で報道されませんでした。上海の日本軍報道官は南京はまだ陥落していないと報告し、アメリカでは「南京地獄の4日間」という記事も報道されているのに、日本では「南京陥落祝賀パレード」に沸いています。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-4-4)

「パナイ号事件」報道3日目の『ニューヨーク・タイムズ』には南京の「30万人の市民に凄まじい数の死傷者の恐れ」という記事と共に、日本は中国を徹底的に攻撃すると読み取れる近衛首相の声明が報道されています。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-4-3)

「パナイ号事件」報道2日目(1937年12月14日)の『ニューヨーク・タイムズ』にはアメリカ議会での議論と全国の新聞の社説が紹介されています。まだ日本との戦争の時期ではないという抑えた論調が大勢を占めています。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-4-2)

日本軍が1937年に揚子江上のアメリカ砲艦パナイ号を撃沈し、商船複数隻とイギリス軍艦レディーバード号を砲爆した「事件」がいかに大きな衝撃を米英にもたらしたかを『ニューヨーク・タイムズ』の記事から紹介します。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-4-1)

アメリカ国務省が『平和と戦争』(1943)という文書で、1931年から1941年のヨーロッパと日本の戦争についてまとめています。その第1章を「1931-1941年の運命的な10年は日本の暴力行為に始まり、日本の暴力行為に終わった」と始めています。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-3-7)

国務省の広報ラジオ放送「我々の日本占領政策」(1945年10月7日)の内容にドゥーマンが異議申し立てをしたこと、アメリカ上院「太平洋問題調査会に関する公聴会」(1951)でのドゥーマンの証言の最後の部分を紹介します。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-3-6)

アメリカ国務省の広報ラジオ放送「我々の日本占領政策」(1945年10月7日)の主要部分を紹介します。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-3-5)

ユージン・ドゥーマンが証人喚問された上院の「太平洋問題調査会に関する公聴会」(1951)で、証拠として提出された国務省の広報ラジオ放送「我々の日本占領政策」(1945年10月7日)全文が掲載されていますので、紹介します。

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-3-4)

ポツダム宣言の元となったユージン・ドゥーマンの草案が「太平洋問題調査会に関する公聴会」の議事録に掲載されていますので、公表されたポツダム宣言と草案の違いを検証します

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英米に伝えられた攘夷の日本(6-7-3-3)

ユージン・ドゥーマンは上院の公聴会(1951)で、ドゥーマンが後にポツダム宣言となる草案を作成したこと、1945年5月末に国防省の会議にかけられたが、降伏を促すのは時期尚早とされたことを語ります。反対された背景には原爆投下計画がありました。

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